ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No5

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概要

日本結晶学会誌Vol57No5

日本結晶学会誌 第57巻 第5号(2015) 277電子線トモグラフィーによる格子欠陥の三次元観察2.1 原子分解能ET原子分解能ETは,電子顕微鏡の究極の目標とも言うべき原子の3D座標を決めることを可能にする.2011 年頃から,アントワープ大学を中心とするグループ4)-7)や,カリフォルニア大学を中心とするグループ8),9)が原子分解能ETに関する論文を相次いで発表しており,IMC2014では前者の欧州側の発表が名を連ねた.彼らが観察対象としたのは,ナノサイズの結晶粒や,グラフェンに代表される原子状シートである.STEM高角度環状暗視野(High-Angle Annular Dark-Field:HAADF)像のコントラスト(原子番号に依存)から,投影(電子線入射)方向に並ぶ原子の個数を求める.これを複数の電子線入射方向について行い,それらの投影情報を満足する原子座標を3Dで求めることにより,ナノ粒子表面のファセット構造などを原子レベルで明らかにしている.一方,米国のグループは,ナノ結晶中の双晶8)や転位9)を原子分解能で3D可視化するという挑戦的な原子分解能ET観察を報告しているが,結果の妥当性について疑問を呈する声もある.10)2.2 多次元ET種々のイメージング技術とET観察技法の融合により着実な進歩がうかがえるトピックとして,多次元(Multi-Dimensional)観察が挙げられる.これは,ETで得られる試料の3D形態情報にさらなる情報を加えるもので,具体的には,組成情報としてエネルギー分散X線分光法(Energy-Dispersive X-ray Spectroscopy:EDXS),電子状態の情報として電子エネルギー損失分光法(ElectronEnergy-Loss Spectroscopy:EELS),および電場や磁場の情報として電子線ホログラフィー(Electron Holography)との組み合わせがあり,IMC2014では4D-ETとして発表されていた.こうした多次元観察のコンセプトとその応用例は,ケンブリッジ大学のMidgleyによる基調講演でも紹介された.11)例えば,電子回折による結晶方位マッピング12)と組み合わせた場合には,6D(3D形態情報と3D結晶方位情報)と表現されていた.2.3 時間分解ETETの新たな展開として期待されるのが,3D画像に時間軸を加えた時間分解3D観察(これが一般に4Dと呼ばれるもの)であろう.IMC2014でもその片鱗がうかがえ,Roibanの発表がこれに該当した.11)Roibanらは,ナノ粒子の形態が雰囲気や温度の制御下で変化する様子を3D動画像として捉えるために,通常30分から数時間を要する連続傾斜像データの取得を,カメラの動画撮影機能を利用して数分で行い,そこから3D画像再構成を試みていた.この方法がうまくいけば,数分間隔で3D画像を取得し,それらを繋ぎ合わせることで3D動画像を得ることが可能になる.ETによる3D動画像撮影に関する研究は,このRoibanらのグループのほか,米国の複数のグループから報告されており,13)-15)筆者らもETによる3D動画像観察技術の開発に取り組んでいる.16)2.4 3D 画像再構成法ET観察手法の確立を目指して,試料傾斜角度制限の影響,17)-19)試料や絞りによる電子線の散乱・吸収の影響20)など,種々の課題を克服するための研究が行われている.なかでも,3D画像再構成アルゴリズムの開発は,こうした課題克服のブレークスルーをもたらす可能性を秘めており,数学分野や医療系CT分野との研究交流が活発になっている.ETにおける3D画像再構成法で最近特に注目されているのが,圧縮センシング(Compressed Sensing, Compressive Sampling:CS)を用いた手法であり,IMC2014でも複数の関連報告がなされていた(Arslan,11)Midgley11)など).CSの原理については専門書21)や文献22)-26)を参照いただきたいが,数学的な厳密さを犠牲にしてごく簡単に述べると,「連続傾斜画像データから観察対象を特徴付ける画像標本を抽出し,そこから観察対象全体の3D画像を構築する」手法と言える.例えば,真空領域にナノ粒子が10 個程度写ったTEM像には,真空の領域とナノ粒子の領域の2つしかなく,2つの領域を区別するのは真空と粒子,または粒子と粒子の界面である.これらの界面を画像認識させている画素の数は,TEM像全体の総画素数に比べてずっと少なく,それ以外の領域は真空かナノ粒子のいずれかしかない.このような先見情報を利用したCSを用いると,ハードウェアによる制約から試料傾斜角度の範囲が± 90°に満たなかったり,傾斜角度刻みの幅が5°以上であったり,といった通常の3D画像再構成法(フィルター逆投影法(Filtered Back Projection:FBP)など)では情報欠落によるアーティファクトが再構成画像に強く出るような場合でも,十分な分解能と情報量を有する3D画像を再構成できることがある.例として,工藤らが開発したCSベースのアルゴリズム(Iterative SEries Reduction:ISER)による3D再構成画像を図2に示す.27)観察対象とした試料は,スパッタ法により作製したFePt とAl2O3 からなる薄膜に,高エネルギーXeイオンを照射し,FePtをナノ粒子化させたものである.28)TEM明視野モードで,-65 °から+ 64 °まで1°傾斜おきに撮影された130枚の連続傾斜像を用いた.Xeイオンを打ち込んだ方向からの膜平面観察(図2a,白黒反転表示している)では,大小2種類のFePt粒子が分布しているように見える.一方,膜断面方向から見ると(図2b),膜平面観察(a)で大きく見えた粒子はAl2O3膜の表面部に位置しているのに対して,膜平面観察で小さく見えた粒子は膜内部にあり,膜内部の粒子の一部は図2bの上下,すなわちXeイオンが入射した方向に伸長している.これらのFePt ナノ粒子の3D形態をETにより可視化した結果が図2c ~ e である.従来のFBPアルゴリズ