ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No2

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概要

日本結晶学会誌Vol57No2

日本結晶学会誌57,131-133(2015)『斜方晶系』をやめて『直方晶系』を使おう東京工業大学・名誉教授大橋裕二1.はじめに昨年11月1日に開かれた日本結晶学会の総会において,「Orthorhombicの訳語を『直方晶系(斜方晶系)』とする」という提案が決議された.これは会員の間で長年話題にされてきた検討事項であったが,ようやく学会としての見解を明確にした.今後会員の皆さんをはじめとして結晶に関心のある多くの方々に「斜方晶系」をやめて「直方晶系」という用語を使っていただけることが大切である.そこで今回の決議に至るまでの歴史的な経過を説明したい.しかし150年以上も前の話なので,確実な事実を示す資料は残っていない.本稿は現存する限られた資料を調査した結果に基づいた考察に過ぎないので,今後さらに詳しい調査が行われることを期待する.なお,結晶学や鉱物学の著名な先生方が多数登場されるが,敬称は省略する.2.これまでの議論私も講義のときに多くの学生から「なぜ斜方晶系というのか?」という質問を受けていたので,結晶学を教える多くの先生方もこれまで同様な質問を受けたと思われる.しかし記録として残っているものは,東大の高野幸雄と理研の桜井敏雄の記事である.高野は日本岩石鉱物鉱床学会の総会で,「鉱物学における定義と法則」という題名の特別講演を行い,「斜方晶系は{110}の四角柱または{111}の八面体の断面が菱形なのでorthorhombicと言うが,直方晶系と言うべきものである.」と述べている.1)桜井は結晶学会誌の談話室で「結晶学の用語あれこれ」という記事で,同様なことを述べている.2)そして自著の教科書の中で「斜方晶系」の代わりに「直方晶系」を使って記述している.しかしその序文の中で,レポートや論文で今すぐにはこの用語は使わないようにと注意している.3)筆者は10年前に出版した教科書でこの用語をどうすべきか迷ったが,読者が各種の試験に際して「直方晶系」では誤答とされるのはやはり気の毒なので,「斜方晶系」を使うことにした.4)しかし昨年出版した教科書でようやく「直方晶系」を使うことにした.5)3.なぜ斜方か?前項の話は古典的な結晶面の知識に詳しくない方にはわかりにくいと思われる上に,間違った説を唱える人までいるので,まず斜方晶系について教科書的な説明を加えたい.斜方晶系(orthorhombic)の単位格子は,長さの異なる3つの主軸がそれぞれ直角に交わる結晶系であり,「直方体」の単位格子である.ところが,斜方晶系に属する結晶の外形が直方体であることは珍しく,通常は{110}か{111}が外形に表われる.まずab面を底面とし,c軸を縦軸として直方体を縦横2個ずつ合計4つ並べて,_ _ __それぞれのab面に(110),(110),(110),(110)の結晶面の原点に最も近い面を描くと図1の実線の「菱形」が描ける.この菱形を底面としてc軸を描くと,菱形の柱ができる.これを「斜方柱」(図2)と名づけた.次に,上面の菱形の中央点から底面の菱形の4つの頂点に向けて4本の線を描くと,底面が菱形の四角錐(点線)ができる.2つの四角錐の底面を合わせてできる八面体を,「斜方八面体」(図3)と名づけた.そのため,単位格子は直方体であるが,「斜方晶系」という用語が使われるようになった.ここで「斜方」というのは「菱形」のことであり,4つの辺の長さが同じで角度が90°でない斜(傾)いた正方形,という意味の四角形のことである.英語ではrhombicである.ところで,結晶学以外では「菱形」が一般的に使われているのに,何時,誰が,何故,「斜方」という用語を結晶学に持ち込んだかをまず調査した.しかし明治時代以前から使われていたのではないかと推測されるだけで,その疑問に現時点では答えられない.cc-a oab-boaa o-b図1{110}面(実線)と{111}面(点線)図2斜方柱図3斜方八面体日本結晶学会誌第57巻第2号(2015)131