ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No2

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概要

日本結晶学会誌Vol57No2

X線自由電子レーザーを利用したタンパク質高分解能無損傷構造解析晶から1枚だけ(通常はフルデータ450枚収集)回折像を取得し,それらをマージして利用する手法を開発し5)酸化型CcOの構造解析を行った.このように過去最少の放射線損傷量で収集したデータに基づいて決定した構造中の配位子O-O結合長を1.7 Aと推定し,この時点では過酸化物イオンであると結論づけた.4)しかしこの構造解析で得たO-O結合距離1.7 Aも,共鳴ラマン分光法(対象は溶液)により決定されていた1.5 Aよりも0.2 A長いものであった.このようにして,シンクロトロン放射光を用いた「放射線損傷最少」の酸化型CcO高分解能構造決定を行い配位分子種の推定を行ったが,「あるがままの」配位子の構造を直接観測については実現不可能と考えられた.2.XFELを用いた回折実験2.1実験の概略2012年3月われわれはSPring-8に併設されたXFEL施設であるSACLA(SPring-8 Angstrom Compact Free ElectronLaserの略称)の共同利用ユーザとして「タンパク質無損傷高分解能構造解析」の実現を目指し実験を開始した.XFELを用いれば酸化型CcOの配位子を「あるがまま」捉えることができると期待したのである.SACLAで利用可能なXFELは時間幅約10フェムト秒におよそ10 11個の光子を含み,波長領域がX線領域にあるレーザー光である.タンパク質結晶の放射線損傷は結晶に入射したX線により引き起こされる光電効果で生じた電子(光電子)が主な原因であると言われている.6)結晶内で生じた光電子は結晶中に多く含まれる水分子やタンパク質分子と相互作用を起こしラジカルなど反応性の活性分子種を数多く生成する.これらが結晶の劣化(グローバル)やタンパク質分子の状態変化(ローカル)を誘起することが広く放射線損傷と呼ばれているものである.前者は,データ収集中に結晶の回折能が低下することにより得られるデータセットの分解能が低下,データ処理の困難化などの原因となるものである.後者は電子密度上,局所的な構造変化として現れる放射線損傷であり,結晶内で起きるこの化学反応の時間スケールは速いものでおおよそピコ秒オーダーであるとされている.そこで,10フェムト秒/パルスで回折像を取得可能なXFELを用いれば放射線損傷の化学反応が引き起こされる「前」の結晶構造を反映した回折像を取得することができ,無損傷構造解析が実現できる(“Diffraction before destruction”7))と考えた.実験を開始した頃にはすでに米国LCLS(XFEL施設)を用いたタンパク質結晶構造解析の報告はあったが,常温微小結晶を用いたシリアルフェムト秒結晶構造解析(Serial Femoto-second Crystallography以下,SFX)8),9)で行われていた.われわれはこれとは異なり,数百ミクロン大の大型凍結タンパク質結晶を用いた「高分解能構造解析」の実現を目指し測定を開始した.良質なCcOタンパク質結晶標品を大量に調製する方法が確立していたこと,これまでのシンクロトロン光源で蓄積してきた高分解能構造解析やデータ収集経験を活用することが可能であること,大きな結晶を利用することで同じ強度のX線を使う場合に分解能を稼ぐことができること,凍結結晶の利用により放射線損傷伝播の影響を抑えることができる,と考えたからである.まず今回のCcOの無損傷構造解析を実現するために確立した実験の概略図を図2に示した.XFELを凍結図2a:SF-ROX(Serial Femtosecond Rotation Crystallography)10),11)の実験コンセプト,b:SACLA XFELを利用した際の結晶上の放射線損傷伝播.(a:Schematic diagram of SF-ROX, b:Propagation length of radiation damage onCcO crystal.)SACLA 1μm集光,3×10 10光子のパルスを減衰無しで照射した点(グラフ0μm近傍)周囲の回折能減衰を回折イメージ上に観測される反射数で評価した.評価のためのイメージ(前:青,後:赤)は1%程度に強度を減衰させて取得している.編集部注:カラーの図はオンライン版を参照下さい.日本結晶学会誌第57巻第2号(2015)123