ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No2

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概要

日本結晶学会誌Vol57No2

日本結晶学会誌57,122-128(2015)最近の研究からX線自由電子レーザーを利用したタンパク質高分解能無損傷構造解析理化学研究所・放射光科学総合研究センター*,兵庫県立大学*,JST/CREST***平田邦生*,伊藤(新澤)恭子*,上野剛*,***,山本雅貴*,吾郷日出夫*Kunio HIRATA, Kyoko SHINZAWA-ITOH, Go UENO, Masaki YAMAMOTO andHideo AGO: Determination of Damage-free Crystal Structure of an X-ray SensitiveProtein Using XFELWe report a method of femtosecond crystallography for determining radiation damage-freecrystal structures of large proteins at atomic resolution. The name of the method is'serial femtosecondrotation crystallography'(SF-ROX). Here, we demonstrate experimental details of SF-ROX and1.9-A radiation damage-free structure analysis of bovine cytochrome c oxidase, a large(420-kDa),highly radiation-sensitive membrane protein.1.研究の背景ミトコンドリア内膜に存在するチトクロム酸化酵素(以下CcO)は分子状酸素を水にまで還元する反応と共役して膜を介したプロトン能動輸送を行う細胞呼吸末端酵素の1つである.CcOが形成する膜内外のプロトン濃度差は細胞のエネルギー源であるATPの合成に利用されるため,この酵素は細胞のエネルギー変換過程で最も重要な酵素の1つであると言える.ウシ心筋由来酸化型休止型(以下単に酸化型と呼ぶ)CcOの構造解析は1995年に決定され,1)その後,その分子機構のさらなる理解のため主に高分解能構造解析を中心としたCcOの構造生物学を展開した.2),3)詳細については文献を参考にしていただきたいが,特に酸化型の酸素還元中心の配位分子種の特定は反応サイクル中の電子の授受とプロトンポンプ機構のカップリングを理解する上で重要な研究対象であり,われわれは結晶構造解析や分光学的手法を組み合わ図1チトクロムc酸化酵素(CcO)の酸素還元中心の電子密度.(Electron density map of a ligand of CcO.)ヘムa3(Fe a3)とCu Bの間に配位子の電子密度が確認できる.せこの解明に取り組んでいた.CcOの酸素還元中心は,文字どおり分子状酸素の還元反応が起こるCcOの活性中心である.ヘム鉄およびその近傍に存在するCu Bで構成されるこの活性中心図(図1)には配位子の電子密度が認められており,特に酸化型CcOでは過酸化物であろうと推定していた.われわれは高分解能酸化型CcO構造解析による配位子同定を目指す中,「タンパク質結晶の放射線損傷」という重篤な問題に直面した.CcO結晶へのX線照射と結晶の吸収スペクトル測定を交互に行った結果,X線の照射により酸化型CcO結晶の吸収スペクトルが変化することが明らかとなったのである.この吸収スペクトルの変化はX線照射により引き起こされる酸素還元中心の電子状態の変化が主原因であると考えられた.4)X線照射が構造解析に及ぼす影響を見るために,回折データ取得の際のX線総露光量(エネルギー吸収量)を変化させて酸化型CcOの高分解能構造決定を行った.結果,露光量が増えるに従って得られる構造中の配位子の結合長が伸長することが明らかとなった.われわれは配位子をその結合長から正確に同定するために少なくとも2Aを超える高分解能で構造解析を行う必要があると考えていた.このためには結晶への「大強度」X線照射が必須であったが,「大強度」X線照射の結果,目的の配位子の形を歪めてしまうというジレンマに直面したのである.とりわけ電子密度の高い金属で構成されたCcOの酸素還元中心は放射線損傷感受性が高く,配位分子種の特定にはこの問題は深刻であった.この問題を解決するため,われわれはシンクロトロンビームラインにおいて合計400個余りのCcO結晶の各結122日本結晶学会誌第57巻第2号(2015)