ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No2

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概要

日本結晶学会誌Vol57No2

加藤昌子クロミック発光は銅(Ⅰ)クラスターに特有の多重発光に基づく興味深い現象であることが明らかになった.実際,配位子Lが芳香族配位子であるピリジン誘導体の代わりに飽和環状アミンのモルフォリンC 4H 8ONH(mor)を用いた四核クラスター[Cu 4(μ3-I)4(mor)4]では,サーモクロミズムを示さず,低エネルギーバンドに対応する弱い発光のみが観測された(λmax=654 nm).5)この錯体では電荷移動型の3 XLCTや3 MLCT状態は存在しないためである.また,この結果は,低エネルギーバンドが3 XLCTでも3 MLCTでも3ππでもなく,3 CC状態からの発光であることを支持するものでもある.配位子Lがトリアリールホスフィンの銅(Ⅰ)四核クラスターは,ピリジン誘導体の系よりも高い発光量子収率が実現する.例えば,[Cu 4(μ3-I)4(PPh 3)4](PPh 3=triphenylphosphine)は室温結晶で?=0.64を示す.16)小沢,鳥海らは,この銅(Ⅰ)四核クラスターにおいて二種類の結晶構造(P2 1/nとI-43d)を見出した.17)前者は室温の黄緑色から77 Kの赤紫色へサーモクロミック発光を示すが,後者の室温での青緑色発光は,温度が低下してもあまり明瞭な色変化を示さない.色変化の要因が低温での3 XLCTバンドの出現だけでなく,キュバン型{Cu 4I 4}コアの縮小による3 CCバンドのレッドシフトによることが示された.すなわち,温度低下による{Cu 4I 4}コアが収縮してCu…Cu間の電子的な相互作用が増大すると,3CC状態のエネルギーは低下する.いずれの結晶形においても温度低下による{Cu 4I 4}コア収縮が観測されるが,空間群P2 1/nの結晶はより小さい{Cu 4I 4}コアをもつため,Cu…Cu間の電子的な相互作用変化がより鋭敏にスペクトル変化に反映されたと考えられる.このように,安定で比較的剛直と考えられるキュバン型銅(Ⅰ)クラスターだが,環境に鋭敏に変化する柔軟性をもち合わせていることが明らかである.3.2メカノクロミック発光キュバン型[Cu 4I 4P 4]骨格をもつ四核クラスター,[Cu 4I 4(PPh 2(CH 2CH=CH 2))4]および,[Cu 4I 4(PPh 2(CH 2)2-(CH 3)2SiOSi(CH 3)2(CH 2)2PPh 2)2](図5)は,前項と類似のサーモクロミック発光に加えて,すり潰すことにより発光色変化が起こるメカノクロミック発光を示すことが最近報告された.18),19)後者のクラスター結晶1Gは,緑色発光を示すが,結晶試料をすり潰すと発光色が緑色から黄色に変化する.NMR,UV-visスペクトルなどにより,すり潰した試料(1C)が,四核クラスターとしての変化はないことが確認されるとともに,粉末X線回折測定において,回折ピークの消失が見出された(図6中).すなわち,すり潰しにより結晶からアモルファスに状態が変化することが明らかにされた.興味深いことに,エタノールの液体または蒸気にさらすことによりアモルファス試料は再結晶化されて元の緑色発光結晶が再生する(図6上).機械的刺激による結晶アモルファス転移とそれに基づく色変化は,近年,集積発光を示す金(Ⅰ)20錯体)21),22や白金(Ⅱ)錯体)でも知られており,メカノクロミズムの現象自体は類似していると言える.しかし,分子間相互作用の変化が色変化に直接的に反映される集積発光系とは異なる発光状態をもつ銅(Ⅰ)クラスターでは異なるメカニズムが働くはずである.この答えは,もう1つの黄色発光を示す結晶形1Yが見出されたことから示唆された.結晶1Yは,すり潰し後の試料1Cと類似した黄色発光性を示し,メカノクロミズム挙動をまったく示さない.構造解析の結果,クラスター内のCu…Cu距離は2.82および2.95 Aと見出され,1Gにおける3.10 Aに比べるとかなり短く,Cu…Cu相互作用が強く働きうることが示唆された.すなわち,Cu…Cu相互作用の弱い骨格をもつ1Gは,3 XLCT(+3 MLCT)状態由来の発光をSiOSiPhPhPCuPhPPhIPhPhPCuPhPPhIICuICu図4四核クラスターの多重発光を示すポテンシャルエネルギー図.5)(Proposed potential energy surface of[Cu 4I 4py 4].)PhCuP PhIICuPhPPhCuP Ph図5[Cu 4I 4P 4]骨格をもつ四核クラスター[Cu 4I 4(PPh 2-(CH 2CH=CH 2))4](左)と[Cu 4I 4(PPh 2(CH 2)2(CH 3)2SiOSi(CH 3)2(CH 2)2PPh 2)2](右).(Tetranuclear clusterswith the[Cu 4I 4P 4]framework.)PhISiIOCuPhSiPPh112日本結晶学会誌第57巻第2号(2015)