ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No2

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概要

日本結晶学会誌Vol57No2

発光性クロミック銅(I)錯体構造がフレキシブルであると励起状態からの無輻射失活が起こりやすいので,発光には不利になる.実際,ビス(α-ジイミン)型単核銅(Ⅰ)錯体の低い発光性についてはすでに詳細な議論がある.これらのポリピリジン銅(Ⅰ)錯体は,金属中心から配位子への電荷移動状態(metal-to-ligand charge transfer,MLCT)が最低励起状態となるが,d 10型の基底状態の構造から,d 9型の励起状態に変わることで,構造が平面形に大きく歪み(いわゆるヤーンテラー歪み),これが無輻射失活を引き起こす.6)そこで,発光性を高めるために,励起状態のひずみを抑えられるような剛直な構造設計が種々試みられ,近年続々と強発光性銅(Ⅰ)錯体が報告されるようになった.単核錯体で興味深いのは,[Cu(dmp)(POP)](dmp=2,9-dimethyl-1,10-phenanthroline,POP=bis[2-(diphenylphosphino)phenyl]ether)(図2a)で,POP配位子は,ちょうど2つのトリフェニルホスフィン(PPh 3)を酸素原子で結んだだけの構造であるが,これにより,対応する[Cu(dmp)(PPh 3)2]に比べて100倍も発光量子収率(?)が向上することが報告された(?=0.15).7)かさ高い配位子を用いた剛直な構造で成功した例としては,図2bの二核錯体が挙げられる.8)この錯体は,室温溶液(THF)中でも高い発光性を示すことが報告された(?=0.67).一方,四面体構造がひずみやすいなら初めから歪みが起こりえない平面三配位構造にしておけばよいという戦略で,嵩高いアリールアミドやジホスフィン類を含む三配位銅(Ⅰ)錯体が作られた.ねらいどおり高い発光量子収率(?=0.1~0.6)を示すいくつかの強発光性三配位銅(Ⅰ)錯体が報告されている.14),15)また,筆者らは最近,四面体構造の単核銅(Ⅰ)錯体でも三種の配位子を組み合わせることで高発光性を実現できることを見出している.11)剛直な安定構造であるキュバン型のハライド架橋銅(Ⅰ)四核錯体(図1F)もよく光ることが古くから知られている.特に注目すべきは,この種の四核クラスター錯体には異なる発光状態からの多重発光性があり,しばしば顕著な発光のサーモクロミズムを示すことである.近年はサーモクロミズムにとどまらず,ベイポクロミズム,メカノクロミズムなどさまざまな興味深いクロミック現象が報告されるようになった.次節より銅(Ⅰ)錯体のこのような興味深いクロミック発光について,具体的な例を見ていくことにする.3.銅(Ⅰ)四核クラスターのクロミック発光3.1サーモクロミック発光前節でも触れたとおり,キュバン型四核クラスター[Cu 4(μ3-X)4L 4](L=ピリジン誘導体,トリアリールホスフィンなど)は,一般的に無色結晶でありながら,著しいサーモクロミック発光を示すことからおおいに注目され,多くの研究者により詳細に調べられてきた.1),3)図3は,[Cu 4(μ3-I)4(4-phpy)4](4-phpy=4-phenylpyridine)のトルエン溶液の発光スペクトルの温度変化を示す.室温では赤色発光(λmax=694 nm)を示すが,低温になるとこの赤色バンドに加えて短波長側にもう1つの発光バンド(λmax=505 nm)が現れる.さらに低温の195 Kではこの緑色発光のみが観測される.この2つの発光バンドは種々の議論を経て,低エネルギーバンドは四核クラスター内励起状態3CC(cluster centered),高エネルギーバンドは架橋ハライドから配位子Lへの電荷移動状態,3 XLCT(halideto-ligandcharge transfer)に由来すると結論づけられた.すなわち,図4に模式的なポテンシャルエネルギーを示すように,室温では2つの状態間のエネルギー障壁を超えて,最低励起状態である3 CCから発光することができるが,低温では3 XLCTが主たる発光過程になる.サーモPNOCuNPPPCuNNPCuP図2(a)(b)高発光性銅(Ⅰ)錯体の例.(ExamplesofhighlyluminescentCu(I)complexes.)図3[Cu 4I 4(4-phpy)4]の発光の温度依存性(トルエン溶液).5)(Temperature dependence of the emission spectrumof[Cu 4I 4(4-phenylpyridine)4]in toluene solution.)日本結晶学会誌第57巻第2号(2015)111