ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No2

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概要

日本結晶学会誌Vol57No2

西増弘志(a)(b)(c)0.2 mm0.3 mm0.3 mm図3Cas9の結晶.(Cas9 crystals.)(a)Cas9単体の結晶.(b)X線を回折しない三者複合体の結晶.(c)2.5 A分解能まで回折する三者複合体の結晶.RNA依存性DNAエンドヌクレアーゼであるという20125年6月の報告)の半年後,3つのグループからほぼ同時に,Cas9を応用したゲノム編集技術が報告された.9)-11)その後,大腸菌,酵母,マラリア原虫,ショウジョウバエ,ゼブラフィッシュ,マウス,ラット,ウサギ,ブタ,サルなどさまざまな生物におけるゲノム編集の成功例が相次いで報告された.7),8),12),13)Cas9の応用はゲノム編集にとどまらない.酵素活性部位に変異を導入した不活性型Cas9(dCas9)はsgRNA依存的にゲノム中の標的部位へとターゲッティングすることができる.この性質を応用した新規の転写制御技術やライブイメージング技術も報告されている.例えば,dCas9を標的遺伝子のプロモーター領域へターゲッティングすることにより,標的遺伝子の転写を抑制することができる.14)一方,転写調節因子を融合したdCas9を標的遺伝子の近傍にターゲッティングすることにより,標的遺伝子の転写を抑制・活性化することが可能である.15),16)さらに,蛍光タンパク質を融合したdCas9を利用することにより,生細胞においてゲノムの標的部位を可視化することができる.17)5.Cas9のX線結晶構造解析2013年1月,Cas9の作動機構の解明を目指し結晶構造解析に着手した.まず,Cas9単体の結晶化を目指した.His-GSTタグを付加したS. pyogenes Cas9を大腸菌において大量発現させ,NiNTAカラム,イオン交換カラム,ゲルろ過カラムを用いて精製し,結晶化スクリーニングを行い,結晶を得ることに成功した(図3a).さらに,PF-AR NW-12において約4 A分解能のX線回折像を得ることに成功した.構造決定は時間の問題だと感じた.同時に,ほかのグループも同様の結晶を得ている可能性が高いことが予想された.特に,Cas9の生化学的な機能を発見した米国のJennifer Doudnaのグループが同様の結晶を得ているのはほぼ確実だった.そこで,Cas9単体の結晶化は断念し,核酸との複合体に集中することにした.DNAの分解を防ぐため,RuvCドメインのAsp10とHNHドメインのHis840の2つの活性残基をアラニン残基に置換した.さらに,Cas9の性状を改善するため,保存性の低い2つのシステイン残基(Cys80とCys574)をそれぞれロイシン残基とグルタミン酸残基に置換した.sgRNAはT7 RNAポリメラーゼを用いたin vitro転写により調製し,変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動により精製18した.この際,tRNA修飾酵素に関する以前の研究)を通じて得た知識と経験が役立った.Cas9,sgRNA,相補鎖DNAを混合することにより再構成した三者複合体をゲルろ過クロマトグラフィーにより精製し,結晶化スクリーニングを行った.RNA,DNAの長さや塩基配列が結晶化に大きく影響したため,さまざまな組み合わせの複合体を調製し,結晶化スクリーニングと結晶化条件の最適化を繰り返した.結晶は比較的多くの条件で得られたが,X線を回折する結晶はほとんどなかった.見た目のよい結晶に期待しては裏切られることも多かった(図3b).最終的に,Cas9(残基1~1368),sgRNA(98塩基),相補鎖DNA(23塩基)からなる三者複合体の結晶を得て,SPring-8 BL32XUにおいて2.5 A分解能のX線回折データを収集することに成功した(図3c).結晶は空間群P1に属し,格子定数はa=76.7 A,b=105.7 A,c=126.8 A,α=97.7°,β=98.4°,γ=100.3°だった.次に,位相決定のためにセレノメチオニン置換体Cas9を調製し同様の条件において結晶化した.SPring-8 BL41XUにおいて,ヘリカルスキャン法を用いて2.6 A分解能の多重度の高いSe-SADデータセットを1つの結晶から収集した(波長0.979 A,1440度分).しかし,セレン原子の位置を決定できたものの解釈可能な電子密度は得られなかった.重原子ソーキングやヨウ素原子を導入したDNAを用いた位相決定も試みたが,どれもうまくいかなかった.試行錯誤の末,3つの結晶から収集した3つのSe-SADデータセット(波長0.979 A,1440度分,1440度分,720度分)をマージしたデータセット(3600度分)を用いたSAD法により位相決定に成功した.空間群がP1だったことから,複数の結晶を用いて多重度の高いデータセットを得ることが位相決定に必須だった.最終的に,Cas9-sgRNA-相補鎖DNA三者複合体の結晶構造を2.5 A分解能で決定した.19)6.Cas9-sgRNA-相補鎖DNA三者複合体の結晶構造結晶構造から,Cas9は2つのローブからなることが明98日本結晶学会誌第57巻第2号(2015)