ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No6

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日本結晶学会誌Vol56No6

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概要

日本結晶学会誌Vol56No6

談話室12日まで開催された.モントリオールは私の住む仙台よりもさらに数度気温が低いように感じられ,とても過ごしやすかった.街の歴史はフランスがこの地を統治した17世紀半ば頃に始まったそうで,公用語はフランス語である.しかしながら,誰もが英語も話す.学会会場となった国際会議場は旧市街や,中華街に囲まれており,旧市街はその後のイギリス自治領時代に建てられた市庁舎をはじめ,石造りの建物が建ち並ぶ.中華街は19世紀後半に中国人移民によって作られたとのことである.中華街や旧市街の一角にあるノートルダム大聖堂などは会場からも眺望できた.また,会場から南西に足を伸ばすと,現代的なビルがそびえる中にカトリックの総本山サン・ピエトロ大聖堂の1/4サイズのレプリカを見つけることができる.こちらは19世紀末に建てられたもので,プロテスタントに対抗してカトリックの権威を示すのが目的であったそうである.また,寄ることはなかったものの,郊外には20世紀後半に開かれた万博や夏季オリンピックの跡地もある.こういった歴史的建造物に囲まれた街で一週間あまりを過ごしてきた.IUCrでの私の主な関連分野はCharge Densityであり,以下ではこの分野の講演全般に対する私の感想とその他興味をもった講演について紹介させていただきたい.私の偏った視点からの見聞録であることはあらかじめご容赦いただきたい.私が参加したCharge Density分野の最初のセッションは7日のComputational Methods for Charge Density Studiesであり,私も講演を行った.多重散乱とは複数の逆格子点が同時に回折球上に載ってしまった場合に起こる現象で,結晶内で入射波や回折波が複雑に再散乱される現象を言う.これは深刻な強度の増減を招くことから,正確な測定のためにはこれを考慮することが重要である.私の講演では波動関数を用いた解析ソフトウェアの開発を紹介する一方で,多重散乱の回避を行うと非常に正確に散乱振幅を実測可能であることも紹介してきた.解析技術の開発という観点から本セッションを含めたCharge Density分野の講演を振り返ると,すでに電子密旧市街にあるモントリオール市庁舎度解析の定石法となっている多極子展開法をさらに発展させるという発表はなかった.その代わり,これを粉末法に適用しようとする試みと,単結晶法において波動関数を用いた電子密度解析法を行う試みとがあった.多極子展開法は技術的困難がなかったために容易に普及したが,計算機も発達した今日,波動関数を用いたより自然な解析法に置換されていくのは時間の問題と思われる.しかしながら,理論計算が明らかにし得なかった真実を突き止められるかが,波動関数を用いた手法の存在価値を問う指標になるのも自明である.測定精度の向上も今後の重要な課題と言える.実は,この分野の研究者の多くは,自らの測定データに捨てなくてはならない部分が大量にあることを明確に認識している.本セッションでも正確な電子密度を得るためには悪いデータを棄却する必要があるという講演があった.悪いデータばかりが取れてしまう理由はもちろんハードウェアに由来の部分もあるが,理論の問題としてはやはり多重散乱がその筆頭である.計算機の発達した今日,本格的に多重散乱の考慮に取り組むための環境はすでに整っていると言える.地道なソフトウェア開発と実験の繰り返しとがこの分野の全般的な底上げのために必要な研究であると改めて感じた.10日はCross-disciplinary Investigations of Structural andMagnetic Properties of Materials by Solid State NMR andDiffraction Techniquesのセッションがあった.このセッションでは,私がまだ学生であった2008年のIUCrで興味を抱いた手法に関する講演もあった.当時は消衰補正法の業績で知られるP. J. Becker博士が発表してみえたが,こういった大先生方の講演を聴ける機会は今回は乏しかった.さて,その手法であるが, 3つの測定手法によって得られる互いに相補的な情報を1つのソフトウェア上で解析するというものである. 3つの情報とは, X線で得られる束縛電子の密度分布,偏極中性子線で得られるスピン密度,そしてコンプトン散乱で得られる比較的非束縛な電子密度である.データ数の違いは情報量の違いを意味することからこれを考慮した重みをそれぞれの手法に割り振って統合的に解析するというこの手法はすでにおおむね完成の域に達している印象を受けた.この手法も測定データの精度がその有効性を評価する指標になると考えている.ほかにはCharge Density分野ではないが,同じく10日のMethods, Algorithms and Software for Powder Diffractionというセッションでは,計算機とソフトウェアの発展とによって不可能が可能となった技術の紹介があった.それはサブミクロンサイズの複数の相が混在した結晶の構造をそれぞれ分離して解くという手法であった.複数の相が混在した結晶の逆空間像は,複数の逆格子が重ね合わさったものになる.それらを個別に切り分けて解析ができればよいだけの話であるが,アイデアは簡単でも実現には地道なソフトウェアの開発が必要であり, OpenGLライブラリ416日本結晶学会誌第56巻第6号(2014)