ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No6

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概要

日本結晶学会誌Vol56No6

談話室あったが,今回は港を離れて航行実績を重ね,航行技術を洗練させようという段階に来たと感じた.時間分割X線結晶構造解析に関する知見も蓄積されており(MS96.O03A new approach to time-resolved X-ray crystallography),タンパク質結晶学全体が博物学の次の時代に突入したことは明らかである.あらためて博物学を脱却したいと思うある環境とそのなかに置かれた生物の間には明らかに物質的なやりとりが認められる.ともすれば環境から生物に取り込まれた物質はいつまで「非生物」でどこから「生物」に属することになるのか.同様に「人間」と「非人間」の境界はどこにあるのか.自己と外界という二元論は本当に通用するのか.ここでまずもって想像されるのは,この世界は要素(種,個体,細胞,分子,原子…etc)と要素の間の関係性=ネットワークによって構成されているということのみで,そのネットワーク内に地球圏-生命圏-人間圏の三者を明確に分ける境界線を引くことはできないというのが筆者の直観である.生物と環境の「関係性」に生物学の鍵が潜んでいるとすれば,このネットワーク内で各要素がどのようなパターンを示すかという構造論,そのパターンはどのような因果を生み出すかという機能論を記述することが重要である.これは局所的にはタンパク質科学が現在考察を試みている原子・分子レベルでの各要素間の関係性である.このように要素間の関係性を明らかにしていく中でぼんやりとしたあいまいな境界というものがおぼろげながらに立ち現われて,「生物とは何か」とか「人間とは何か」というものを関係論的に論じることができるように思う.これを筆者は「関係論的自然観」と呼ぶ.関係論的自然観において構造,機能に並んで重要な視点がもう1つある.ネットワークが時間の進行に伴ってどのように可塑的に変化するのかという歴史論である.短いスパンでネットワークが局所的に流転するような時間性や,長いスパンでネットワークがどのように構築されてきたかという時間性を扱う必要がある.つまり,そのような地球圏-生命圏-人間圏にまたがる全体のネットワークの中での時空間的な位置づけが畳み込まれた総体としてタンパク質を見つめる視座が重要だと思うのだ.さらに欲を言えば,この「関係論的自然観」の延長に「人間」と「非人間」という区別された非対称な領域を想定する近代的思考に抗う脱近代への模索を含めたい.15世紀に始まった大航海時代に蓄積された博物学的努力は18世紀のLinneによる生物分類体系や19世紀のLamarckとDarwinの進化論として結実した.同様に原子・分子レベルの現代版博物学の先にも進化研究があるような気がする.筆者はゲノム情報の一次の表現型としてのタンパク質こそが「関係論的自然観」の歴史性を論ずるために良い材料であると考えている.補完的な技術5),6)も大変に蓄積されてきている現在では,定向進化ではなく過去に遡って進化過程を眺めるような「本格的なタンパク質進化学」を志すことができる.小角散乱による溶液相での構造解析(MS28 Small-angle Scattering of BiologicalMacromolecules)や分子生物学的な知見を合わせた総合的なタンパク質進化研究を通して構造・機能・歴史の三点から「関係論的自然観」を確立したいと思っているが,いつでも結晶構造解析は中心的な役割を果たすであろうと確信している.結晶学会誌の読者の方々にとっては新鮮味のない話をつらつらと書いてしまったが,筆者なりにあらためて「タンパク質結晶学を愛でて」みた.共感していただけるところがあれば嬉しい.国際会議では参加者が「異国の地にいる」という状況を共有しているのが面白い.さまざまな国の同世代の研究者と再会できるのも楽しい.ポスター発表を聞いて議論してくださった方々,食事をご一緒させていただいた方々,面白い話を聞かせていただいた方々,皆様のお陰でモントリオールでの思い出が華やかになりました.ありがとうございました.1)J. M. Thomas: Nature 491, 186 (2012).2)J. T. Bonner:“Why Size Matters: From Bacteria to Blue Whales”,Princeton University Press (2011).3)三井秀樹:「美の構成学-バウハウスからフラクタルまで」,中公新書(1996).4)郷康広:生命誌ジャーナル春号(2009).5)E. Rizzi, et al.: Genetics Selection Evolution 44, 21 (2012).6)A. M. Dean and J. W. Thornton: Nature Reviews Genetics 8,675 (2007).IUCr2014に参加して東京大学大学院薬学系研究科大戸梅治第23回国際結晶学会議(IUCr2014)がカナダのモントリオールで8月5日から12日までの期間にわたり開催された.私自身は6日から10日という期間で会議に参加した.会場となったMontreal Convention Centreはモントリオール市街のほぼ中心にあり非常に広い建物で,会場はそのごく一部を使用するという形で,シンポジウムの会場はすべて同一フロアにあって,ポスター会場だけ別の階へ移動が必要であった.会議の開催中は比較的穏やかな天候が続き,蒸し暑い日本と比べると非常に過ごしやすい気候であった.会議は毎日午前中にまずKeynote Lectures(3会場)があり,次にMicrosymposium(MS)が8つの会場で並行して行われ,お昼を挟んでさらにMSがあり最後にKeynoteLectures,日によってはPlenary lectureもあって,最後にポスターセッションが20時ぐらいまでという非常にタイトなスケジュールとなっていた.以下に私が参加したシンポジウムについて印象に残ったものについて紹介する.MS22 Improving Your Crystallography: Best Practicesand New Methodsタンパク質の結晶構造解析をやっている人ならだれもが興味を引くようなセッション名で,当初の会場では収まり412日本結晶学会誌第56巻第6号(2014)