ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No6

ページ
75/104

このページは 日本結晶学会誌Vol56No6 の電子ブックに掲載されている75ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

日本結晶学会誌Vol56No6

ブックを読む

Flash版でブックを開く

このブックはこの環境からは閲覧できません。

概要

日本結晶学会誌Vol56No6

日本結晶学会誌56,411-420(2014)IUCr2014参加報告あらためてタンパク質結晶学を愛でてみる大阪市立大学大学院理学研究科,日本学術振興会特別研究員DC2古池美彦現代結晶学100年を記念する世界結晶年に開催されたこの度の国際結晶学会議モントリオールに参加した.会議報告を執筆する光栄な機会をいただいたので,拙文ながら今会議をきっかけにあらためて感じた「タンパク質結晶学を愛でる気持ち」について書いてみたい.あらためてタンパク質結晶学の位置づけを確認する前月にカナダのブリティッシュコロンビアとアメリカのネブラスカを一人で周遊したばかりで疲れが抜けず体は重かった.それでも受付の近くに並ぶ世界結晶年関連ポスターを眺めながら100年前の人々の気持ちを想像していると途端に元気になったような気がして,イームズ夫妻の短編映画“Power of Ten(10の累乗)”が脳内にフラッシュバックした.この映画では当時の研究成果に基づいて10 ?15~10 24 mのサイズスケールの世界が印象的なグラフィックで描かれており, GalileoとLeeuwenhoekによって望遠鏡と顕微鏡が発明された17世紀以降加速した「大きい世界も小さい世界も見てみたい」と願う人類の好奇心を端的に実感できる.なかでも10 ?10 mの原子の世界に足を踏み入れたのが1912年のLaueによるX線回折の発見,1913年にかけてのBragg親子による構造解析に端を発した現代結晶学であった. 1)どんな生物もこの原子の世界から逃れることはできない.細胞の大きさが極端に大きくならないのも,多細胞生物が複数の細胞の種類をもっているのもすべて原子の世界からの要請なのだ. 2) 1950年代のDNAやタンパク質に対する生体分子構造学は,生命を生気論的に扱うのではなく機械論的に観察し還元論的に記述する道筋を開いた.結晶学は10 ?10 mの世界を開拓することを通して,物質観・生命観を一変させたのである.世界を先入観なしに理解しようとする好奇心に満ちた人類活動の中で結晶学が潜在させている力の大きさを改めて実感した.あらためて構造学のおもしろさを思う「構造学ならではの仕事」というような言い方をよく耳にする.ポスター会場をふらつきながら構造学の面白さというのは人類の本能的な部分に根ざしているのではないかと思い始めた.すべてのモノはある構造をもっている.するとその構造に対応する機能・性質が現れる.構造機能日本結晶学会誌第56巻第6号(2014)相関だ.これは動物の中でも特に物事の直線的な因果関係を捉えることに秀でた人類にとって心地のいい論理形態だ.だから多岐にわたる分野で構造学的視点がいつも重要視されるのだろう.進化論でも建築学でも標語となった“Form follows function.”という言葉が思い出された. 3)もう1つ構造学が非常に有効である証拠は霊長類の三色色覚獲得に同期して嗅覚遺伝子の偽遺伝子化が進んでいるということである. 4)これは人類の思考は非常に視覚に依存しており,われわれは「目で見て考えている」ということを端的に表している.だからこそ“Seeing is believing.”なのだ.美しい電子密度図にモデルが収まる様子が眼前に現れたときの喜びは視覚に依存する人間の本来性に由来するのだろう.例えばMS53.P46.B115 Covalent hosttargetingby thioester domains of Gram-positive pathogensが面白かった.非常にまれなCys-Asn間のチオエステル結合が見つかったという.高分解能の美しい電子密度図を拝見して,確かにこれら2残基間に共有結合がありそうだと思った.アミノ酸一次配列上ではわからなかったであろう「目で見て」確かめられたわかりやすい例である.あらためて博物学を振り返る筆者は博物館がとても好きで国内外の多くの博物館を訪ねてきたが,今回は講演の隙間を縫って小一時間ほどマギル大学レッドパスミュージアムに足を運んでみた.北米最古の博物館の趣のある展示に囲まれて, CambridgeStructure DatabaseとProtein Data Bankの登録数がそれぞれ60万件, 10万件を超えたことを思い出した. CSDもPDBも博物館としては十分な規模だ.そうか,現在はいわば分子構造博物学の時代なのだ.現にいろいろな講演を聴きながら研究のバリエーションを眺めていると,今まで単離が難しかった超分子の構造解析や火星での粉末回折実験(PL03 The First X-ray Powder Diffraction Measurements onMars)など大航海時代さながらである.放射光という船舶が航行されるや否やPDBの登録件数の増加が本格化した(MS61.O04 The history of the PDB as a public resourcefor enabling science)のも,発達した航海術に支えられた博物学の姿に重なる.特に今回の会議で印象的だったのは新しい大型艦船とも言うべき自由電子レーザーの航行状況(WS-05 XFEL: Crystallography at XFEL Sources & MS36XFEL Macromolecular Crystallography)である.前回のマドリッド大会ではXFEL号は出港直前のような印象で411