ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No6

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日本結晶学会誌Vol56No6

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概要

日本結晶学会誌Vol56No6

電子磁気円二色性によるナノ領域磁気モーメントの測定件を満たすものは20~23%であった.これらの一部を符号を揃えて重ねて表示したものを図7に示す.この時点で各スペクトルのL 3ピーク位置でのS/N比はおよそ2で,最後にすべてのEMCD信号の符号を揃えて足し合わせた.同様の解析を3つの独立な測定データセットに対して繰り返し,抽出されたEMCD信号は互いによい一致を示し,このデータ抽出法が安定な結果を与えることが確認された.実際にFe多結晶薄膜からこのように抽出されたEM-CD信号を図8に赤実線で示す.さてここで式(5)を使って定量化を試みる.右辺のqはEMCD信号?σ(E)をL 3, L 2両ピーク領域にわたって積分した値, pはL 3エッジ領域のみにわたる積分値である.図8にEMCD信号の積分値を黒実線で示す. L 3ピークからL 2ピークへ移行する点でEMCD信号の符号が変わるため,累積和としての積分値はpで最大値をとる.そこでpの値が1になるようにEMCDスペクトル全体を規格化すると磁気角運動量の比m L/m Sは一般性を失うことなくqのみの関数となる. 14)このようにして最終的に求められたm L/m Sは0.044±0.0080と見積もられ, BCC鉄に対して測定されたXMCDによる値0.043 15)とよく一致する.3.3解析法の妥当性評価13)ランダムノイズを含むデータ列から偽のEMCD様信号プロファイルを取り出す可能性を排除するために, EMCD信号を示さない反強磁性NiO膜に対して同様の解析プロセスを適用した.試料として多結晶NiO薄膜(結晶粒径約30 nm,膜厚約30 nm)を,立方晶鉄膜と同様の実験条件で測定し,同じデータ処理をNi-L 2, 3スペクトルに対して適用した.NiOではS/N比は0.5以下と見積もられた. NiOデータから実際に取り出され平均化された信号はEMCD信号のような双こぶ形に見える.しかし総和則から計算されるq値は時に物理的に意味のない負の値をとるなど,フィルター窓幅に対して系統的な挙動を示さない.スペクトルが双こぶ形状をとるのは式(6, 7)の選択基準によるもので,完全にランダムノイズスペクトルからでさえEMCD様の信号を取り出すことができる.しかし鉄多結晶膜から得られた信号プロファイルは繰り返し実験に対してきわめて安定(robust)な特徴を見せる.この状況は選択基準を満たした差スペクトルを重ねて示した図7によく反映されている:鉄多結晶膜ではおおまかなEMCD信号プロファイルが明らかに認められるが, NiO膜ではランダムノイズ振幅程度の傾向を示すのみである.NiOおよび多結晶鉄から抽出したEMCD信号の統計的安定性の比較評価のために,式(6, 7)のL 3およびL 2ピークにおける積分範囲を変えながら平均EMCD信号を取り出し,それぞれのユークリッドノルム(各チャンネル値の二乗和)を,そこで設定したピーク位置の関数としてプロットする.もし真のEMCD信号が存在すればノルムは日本結晶学会誌第56巻第6号(2014)図9(a)式(6, 7)に従って鉄薄膜(多結晶)から平均EMCDスペクトルを取り出すために設定されたL 3およびL 2ピーク位置の関数としてのノルムマップ(本文参照).(b)反強磁性NiO膜(多結晶)に対する(a)と同じプロット.緑丸は正しいピーク位置を示す.ここでも強度スケールに注目されたい.(Euclid norm maps of extracted EMCD signals asfunctions of L 2 & L 3 peak positions assumed forBCC Fe(a)and NiO(b)polycrystalline films.)編集部注:カラーの図はオンライン版を参照下さい.正しいピークエネルギー位置で局所極大を示すであろう.0.5 eV間隔でピーク位置を順次変えて,そこから鉄およびNiO膜それぞれ±5 eVの範囲に式(5)の積分領域をとった場合のEMCD信号のユークリッドノルムのプロットを図9aおよびbに示す.仮定したL 3ピーク位置を横軸に, L 2ピーク位置を縦軸にとり,緑丸が実際のL 3/L 2ピーク位置を表す.多結晶鉄膜のデータは実験ピーク位置から1 eV以内の位置に極大を示すのに対し, NiOでは実験ピーク位置に目立った極大が見られないという明確な違いがあり,本解析法の有効性が示された.4.結びと今後の進展エネルギー損失分光器を搭載した超高圧走査電子顕微鏡の利用によって,多結晶膜から統計的に有意なEMCDスペクトルが得られることを示した.今回5 nm径のプローブを用いたが,全体として100 nmオーダーの領域から抽出された結果であることを強調しておく.各データに十分な数のランダム方位結晶が含まれてさえいれば走査領域の大きさを小さくすることができる.したがって今回のアプローチは単結晶に限定せずナノスケールのいかなる試料に対しても定量的なEMCD測定を可能にし,ナノ磁性の分野においてEMCDの新たな応用可能性への道筋をつけたものである.本稿で紹介したEMCD測定配置は, intrinsic法と呼ばれ,入射電子自体のスピン自由度を制御するのではなく,複数の運動量移送ベクトルの位相干渉を利用している点が本質で,特別な専用ハードウェアを必要としない.このほかにも特定の軌道角運動量をもつ電子螺旋波を利用したEMCD測定16)が試みられているが,原理的にはやはり391