ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No6

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日本結晶学会誌Vol56No6

日本結晶学会誌56,387-392(2014)最近の研究から電子磁気円二色性によるナノ領域磁気モーメントの測定名古屋大学エコトピア科学研究所グリーンマテリアル部門武藤俊介,巽一厳ウプサラ大学物理・天文学科Jan RUSZShunsuke MUTO, Kazuyoshi TATSUMI and Jan RUSZ: Quantitative Measurement ofMagnetic Momenta at Nanometer Areas by Electron Magnetic Circular DichroismIt is demonstrated that the spin/orbital magnetic momenta ratio of a BCC iron nanopolycrystallinefilm is quantitatively measured using ultra-high voltage scanning transmissionelectron microscopy and electron energy-loss spectroscopy. In the present article we firstintroduce electron magnetic circular dichroism(EMCD), electron counterpart of X-ray MCD(XMCD)and discuss its principle, experimental setup and technical difficulties. We then proposea new approach to EMCD measurements, taking advantage of a higher accelerating voltage ofthe incident electrons, which considerably enhances the outreach of the technique and enablesus quantitative magnetic information to be routinely obtained using electron beams of only afew nanometres in diameter without imposing any restriction regarding the crystalline order ofthe specimen.1.はじめに人類が磁石の性質に気づいたのはおそらく太古の磁鉄鉱の発見に遡る.このマクロな磁性発現のミクロなメカニズムの解明には20世紀における量子力学の誕生を待たなければならず,人類の歴史の中ではごく最近と言っても過言ではなかろう.現在では鉄,コバルトなどの固有磁性の理解はもちろん,従来の常識では磁性をもたない系においてもナノ構造制御や磁性元素添加によって夢の磁性材料の可能性が広がっている.産業においても小型で強力な磁石材料を開発することは喫緊の課題であり,特に資源戦略の観点からレアメタルフリーまたは使用量の低減は,基礎科学による磁性への深い理解によって解決すべき課題である.物質の磁性の起源は電子の運動に帰着される.すなわち荷電粒子が運動することによって磁場が発生する.この運動は惑星の公転と自転になぞらえて,それぞれ軌道磁気角運動量とスピン磁気角運動量という量子力学的な量によって説明される. 1)複雑な磁性の発現機構を解明するためにはまずこの基本物理量を測定することが重要であろう.最近の磁石材料の特徴は,微細構造と添加元素の格子欠陥への偏在にあり,ミクロ組織と磁性の結びつきを理解することが必要不可欠となりつつある.必然的にナノ領域分析に強い高エネルギー電子プローブを用いた分析手法が有効であることは論を待たない.本稿では,透過電子顕微鏡(TEM)と電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いてこの基本量をナノ領域で測定する試みの現状をなるべく難解な数式を使うことなく紹日本結晶学会誌第56巻第6号(2014)介したい.2.電子磁気円二色性(EMCD)2.1 XMCDとEMCD偏光方向を自由に制御できる先進的放射光源を用いることによって固体内電子とフォトンとのさまざまな相互作用を介した情報を取り出すことができる.中でもX線吸収微細構造(XAFS)と呼ばれる内殻電子励起スペクトルから元素選択的な化学結合情報が明らかになる. XAFSでは軌道角運動量量子数の変化が±1となる双極子選択則によって許される電子遷移が記述される. 1)ここで強磁性体の磁化軸に対して時計方向または反時計方向の円偏光X線を入射すると,さらに磁気量子数に対する選択則が付け加えられる.代表的な強磁性体である3d遷移金属や4f希土類元素では,電子遷移の終状態(非占有準位)においてアップスピンとダウンスピンの電子の占有率が異なるために,スピン-軌道相互作用によって2つに分裂した始状態から空いた3dまたは4f軌道への遷移確率に対して,上記第2の選択則によって2つの円偏光X線による吸収スペクトルには強度の差が生じる.この性質をX線磁気円二色性(X-ray Magnetic Circular Dichroism:XMCD)と呼ぶ. 1)この差スペクトルの強度とその元素に局在した軌道角運動量およびスピン角運動量とを結びつける一式の方程式(総和則)が存在し,これによってこの2つの基本物理量を実験的に見積もることができる. 2)さてXAFSとほぼ等価な情報を与えるEELSでは,空間分解能で優位に立つが,それでは電子を使ってXMCDと等価な測定が可能であろうか. XAFSおよびEELSのス387