ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No6

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日本結晶学会誌Vol56No6

世界結晶年(IYCr2014)日本の取り組み結晶学と物性物理学(過去・現在・未来)(日本物理学会2014年秋季大会世界結晶年企画)東北大学多元物質科学研究所木村宏之Hiroyuki KIMURA: Crystallography and Solid State Physics(Past, Present, and Future)1.はじめに物理学において,物性機能の発現メカニズムを理解する上で,物質内の原子(電荷・スピン・軌道・格子)の配列を知ることは不可欠である.結晶学は,この最も基本的・本質的な情報を得る手段として物性研究に寄与してきた.ラウエによるX線の回折現象の発見から100年目の世界結晶年に,これまでの結晶学の業績を振り返り,量子ビームを用いた構造解析技術が物性研究に与えてきた貢献と,これからの未来について議論する講演を物理学会2014年秋季大会において企画した. 200人収容可の会場は講演開始時にはすべての席が埋まっていた.企画した領域10誘電体分科のみならず,ほぼ全領域から聴衆が来ていたように思う.2.講演会9月7日午後に行われた世界結晶年企画講演のプログラムを下記に示す.趣旨説明黒岩芳弘(広大院理)結晶学と量子ビーム科学-世界結晶年2014過去から現在へ野田幸男(東北大多元研)物性開拓に資する結晶学-世界結晶年2014現在から未来へ有馬孝尚(東大新領域)最初の講演は,野田先生(東北大名誉教授)の講演であった.先生は大学研究室,放射光施設,中性子散乱施設などのさまざまな施設において,ユニークかつ使いやすい構造解析装置を自ら立ち上げ,それらを相補的に用いて物質の微視的構造と巨視的現象の関係を解き明かしてきた実績をおもちである.講演では,結晶学の礎となる鉱物学の話から始まり,ラウエとブラッグ親子の果たした業績の真の意味について,詳細に解説されていた.一方で,同時期に寺田寅彦や西川正治により,空間群を利用したより洗練された構造解析のアイデアがすでに提案されていたことにも触れ,結晶学の黎明期において日本人が果たして来た役割についても強調されていた.その後の量子ビーム技術やそれらを用いた計測・解析手法の発展および結晶学の発展についての講演が続き,フェムトメートルスケールの原子変位の検出や,物性を支配する電荷・スピン・軌道を担う価電子の直接観測など,現代物理学において要求される構造解析の精度がきわめて高くなっていることとともに,それらに資する結晶学の永続的発展の必要性も力説されていた.中性子散乱による誘電体の動的構造研究のお話では,ソフトモードの概念による変位型強誘電体の理解や,多種多様な誘電相転移の統一的解釈にも量子ビームと結晶学が大きな役割を果たしてきたことにも触れられていた.講演の最後に,「研究者は晩年には初期に始めた研究に還ってくる」とおっしゃっていたことが印象深かった.私なりにその「こころ」を解釈するならば,当時は計測・解析技術の限界で到底観ることができなかったものが,技術の発展により可能になり,またその研究に還り,当時夢だと思っていたことを現実にしたくなる,ということなのであろうか.引き続き有馬先生(東大教授)による講演が行われた.先生は放射光・中性子・電子線などの量子ビームによる最先端計測手法を横断的・相補的に用いて,マルチフェロイクスを始めとした広大多岐にわたる物質の構造物性について,先駆的な研究をされてきた.今回は野田先生の講演を受けて,固体物質科学の見地に立って,未来に向かっての結晶学の夢を語って頂いた.まず始めに,エネルギー・スピン角運動量・軌道角運動量・運動量という属性をもつ価電子について,それぞれの属性を満たす電子の空間分布を知ることの本質的な重要性について話された.それらの空間分布をどのように観測するか,ストレートフォワードに全電子分布から価電子分布を引き出す従来のX線構造解析から,中性子による磁気モーメント分布の抽出,あるいは共鳴X線散乱による元素選択的かつスピンと軌道の分離観測など,近年の計測・解析手法の発展について触れた上で,それらがどのように物性研究に貢献しているか,そして将来貢献していくべきかについて,わかりやすく説明されていた.一方で近年急速に進展している不均質・メソスコピック系が示す新奇物性の解明における,並進対称性が破れた原子配列・運動の観測や,それらの時間分解観測の重要性について指摘されていた.位置と運動量,時間とエネルギーがフーリエ変換で単純には結ばれないこれらの系では,ピンポイント計測/コヒーレント散乱による位置・運動量・時間・エネルギーの8次元空間での計測・解析が必要であると提言された.私にとって非常に印象的だったこのコンセプトは,未来の結晶学が貢献できる「夢」であると同時に,今後100年の結晶学に課された「宿題」でもあると感じた.374日本結晶学会誌第56巻第6号(2014)