ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

新刊紹介IUCr Monographs on Crystallography 20Phasing in Crystallography A ModernPerspectiveCarmelo Giacovazzo著Oxford(2014)定価12,450円+税ISBN 978-0-19-968699-5近頃IUCr結晶学テキストシリーズから,現代における位相問題に関するテキストが刊行された.著者であるGiacovazzo教授は,これまでに多数の研究論文だけでなく,結晶学の基礎理論や直接法による位相決定に関する数々の専門書も出版してきた,この分野の第一人者である.基礎事項から実際の研究までの説明や,低分子とタンパク質,単結晶と粉末,逆空間法と実空間法など結晶学の幅広いジャンルの記載や,確立された数理的な理論と進歩し更新されつつあるコンピュータ・プログラム(名称の紹介に止めて詳細は総説などにゆずる方針)の見極めなど,さまざまな点で読者に対する細やかな配慮が随所に感じられる良書である.私の経験は低分子単結晶を直接法で解く際に,中心対称性の有無で空間群の決定で時折苦労した程度だが,いわゆる「ブラックボックス」とも言われる解析プログラムを使う上で人間が判断せざるを得ない一筋縄ではいかないときに,原理的なことを踏まえて対処方法を考えるための知識としては十分すぎるほど詳しい内容であった.さらに粉末を扱う当研究室の学生達にも勉強を勧めた章もあったが,読者や利用の立場によっては難解に感じられそうな数式で記述された部分も多い.しかし,数学的な部分を本文の流れから省き後述の付録にまとめるなど,段落の構成と相互の関係がきわめて明確で,話題の提起,並列する項目(いくつかのアプローチの比較),構造解析実例など,まるで流れ図で表現したプレゼンテーションを見ているように,すっきりと文章を読み進めることができる.例えば,第12章の粉末データの位相決定法について,説明の構成やストーリーの流れを追う.結晶構造データベースの収録数が近年急激に増加しているが,そもそも単結晶に比べて情報が失われるため,非経験的(ab initio)に構造を解くことが困難である.逆空間,デバイ-シェラー,回折パターンと示していき,対称性に基づく回折ピークのオーバーラップがあるために,強度(構造因子の2乗の値)が正確でなくなる困難を述べる.そして半価幅が実験室系X線より狭くなるシンクロトロン線源で測定した粉末回折パターンや幅広くなりがちな中性子線で測定した粉末回折データの特徴が実例で示されている.バックグラウンドや擬のピークを処理したピークサーチをして,回折パターンをモデリングするには, 1969年報告のRietveldによる回折強度計算のアプローチ,ガウス・ローレンツ曲線の適用のアプローチ,そしてコンボリューションのアプローチがある.構造因子の2乗を再現するにはPawlay法とLe Bail法とがある.振幅をよりよく推定して再現される粉末パターンを改善するには,異方性温度因子の適用をはじめ3つの方法がある.回折パターンの情報量は, N ind/NREFL(相関した強度と独立した強度の比)により評価できる.このことは, DASHなどで用いられる強度抽出後の回折強度を使った解析法の基礎となる説明になる.指数付けでは,格子定数・空間群が実験的に直接求められないことが困難となる.これに対処する歴史的なプログラム(ITO, TREOR, DICVLOL)を比較しつつ, FOMによる結果の評価法を述べる.空間群は,ラウエ群や消滅則による判定がオーバーラップの影響を受けてしまう.ここではDASHやEXPO2009プログラムでのアプローチを比較している.そして,伝統的な直接法やPatterson法,さらにチャージ・フリッピング, VLDなどの単結晶に適用された非経験的位相決定法を意識しつつ,粉末法におけるWilson法,Wilsonスケーリング,分解能,最小二乗法などに関して得手不得手や注意点を述べて, POLOPやCOVMAPの有用性を紹介している.加えて,経験的位相決定法についても,簡潔に記載がある.このように全体を通し,原理や実験・解析手順の説明などが名調子で続いていくのだが,最後に本書全体の目次内容を列挙して紹介しておく.1:Fundamentals of crystallography2:Wilson statistics3:The origin problem, invariants and seminvariants4:The method of joint probability distribution functions,neighborhoods and representations5:The probabilistic estimation of triplet and quartet invariants6:Traditional direct phasing procedures7:Joint probability distribution functions when a modelis available: the Fourier syntheses8:Phase improvement and extension9:Charge flipping and VLD(Vive la difference)10:Patterson methods and direct space properties11:Phasing via electron and neutron diffraction data12:Phasing methods for powder data13:Molecular replacement14:Isomorphous replacement techniques15:Anomalous dispersion techniquesMathematical Appendices(東京理科大秋津貴城)338日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)