ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

太田雄大,瀬戸誠なる.鉄などの重原子を含む理論化学計算として密度汎関数法(DFT)計算を用いて,信頼性の高い分子構造と基準振動解析が可能で,それを基に振動状態密度をシミュレーションすることで,鉄含有生体分子の鉄活性中心の分子振動構造が明らかになり,分子構造と反応性の相関について洞察を得ることが可能になる.2.4放射光核共鳴非弾性散乱測定実験次に,具体的な実験方法について紹介してみたい.蓄積リングからの放射光は最初に前置モノクロメータでeVオーダーに分光された後に実験ハッチ内に導入され,さらに高分解能モノクロメータでmeV程度に分光される.放射光核共鳴励起が可能な原子核の準位はkeV-数十keV程度であるため,このようなエネルギー領域でmeV程度の分解能を達成するということは, ?E/E=10 ?7-10 ?6となる.このような高分解能モノクロメータは,非対称高次反射を組み合わせることにより,大きな受け入れ角と超高分解能とを実現している.試料からの散乱については,時間遅れ成分だけを測定する必要があるため,検出器には十分な時間分解能が要求される.高速時間応答,ノイズレベルの低さ,取り扱いやすさなどの理由から, 57 Fe核共鳴散乱実験に対しては,アバランシェフォトダイオード(APD)検出器が現在のところ最も優位な検出器であると言える.なお,共鳴励起した原子核が基底状態に戻る過程としては,励起エネルギーと等しいγ線を放出する過程と内部転換電子を放出する過程が存在するが, 57 Feの場合,非弾性過程の脱励起では,内部転換電子を放出する過程のほうがおよそ8倍多い.さらに,測定素子として使用するAPDの検出効率に関しては,脱励起の際に直接放出されるγ線(14.413 keV)よりも内殻電子放出過程に伴って放出される蛍光X線(6.4 keV)に対して高いことより,蛍光X線がより多く検出される. APD検出器で検出するのはX線ではあるものの試料のあまり深い位置からは減衰により到達できなくなるため,共鳴同位体が希薄な試料の場合には,試料を傾斜させて置き,検出器はなるべく試料表面に近づけることで立体角を大きくすることが望ましい.酵素系試料などの場合には,試料の劣化を防ぐ目的から低温・真空中で測定が行われることが多く,クライオスタットの中に入れて測定が行われる.溶液試料の場合には,蓋のない試料ホルダーに入れて事前に液体窒素などで凍らせておき,クライオスタット内の冷却ステージに直結した銅のホルダーに容器ごと載せて,素早く冷却を行う.3.鉄含有生体分子および生体模倣鉄錯体のNRVSによる解析例3.1生体分子に含まれる鉄錯体の例鉄含有タンパク質の活性中心に見られる鉄錯体の分子構造の例を図4に示す.鉄含有タンパク質の機能は,酸素運搬貯蔵,小分子活性化,気体分子感知,電子伝達,基質図4生体分子中に見られる鉄錯体の分子構造の例.(Iron complexes in biomolecules.)(A)ヘム鉄,(B)単核非ヘム鉄,(C)二核非ヘム鉄,(D)4鉄4硫黄クラスター,(E)ヒドロゲナーゼに見られる2核鉄中心,(F)ニトロゲナーゼ活性中心のFeMoクラスター.代謝, DNA修復,細胞内情報伝達など多様であり,かつそれらの生理的機能発現には各々の化学機能要素が複雑に関与しており,一元的には定義できないこともあるので,詳細な説明は割愛する.本総説においては,われわれが近年行った酸素分子の結合および活性化にかかわるヘム鉄,単核および二核非ヘム鉄(それぞれ図4A~C)を活性中心に含む鉄含有タンパク質の分子機構に関する研究の紹介に焦点を絞るが,これら以外に,電子移動を媒介する鉄硫黄クラスター(図4D),エネルギー変換科学の観点から重要な水素活性化にかかわるヒドロゲナーゼの活性中心(図4E),および化学的にきわめて難しい反応とされる窒素固定を常温常圧下で触媒するニトロゲナーゼの鉄モリブデン補因子(図4F)などの分子機構の解明が望まれており,近年放射光核共鳴非弾性散乱法を活用した研究例が報告されている. 11),12)以降, 3.2に,酸素結合および活性化に関与するヘム鉄含有タンパク質の分子機構を解明すべく,合理的に分子設計した生体ヘム鉄模倣錯体について放射光核共鳴非弾性散乱法を応用した研究例を紹介する.放射光核共鳴非弾性散乱法が生体分子に適用された初期の頃よりヘム鉄含有タンパク質の研究がなされてきたが,人工的に有機合成したヘム鉄錯体を解析に用いる利点は,自在な構造改変が可能であり,かつ高い対称性をもつ分子構造のために,分子振動構造および電子状態について鋭利な知見が得られる点にある. 10)また, 3.3に,二核非ヘム鉄酵素の分子機構解明を目的とした,人工酵素錯体の研究例を紹介する.二核非ヘム鉄酵素の興味深い反応性として,酸素の結合と活性化,そして有機基質分子の酸化反応を触媒することが知られている.酸化反応という観点から,最も興味深い二核非ヘム鉄酵素として,炭化水素として最も強固な炭素-水素結合を332日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)