ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

核共鳴非弾性散乱分光法による鉄含有生体分子の振動構造解析図3測定された核共鳴非弾性散乱スペクトルとこれから求められたFeフォノン状態密度.(Measured nuclear resonantinelastic scattering spectrum and obtained Fe-phonon density of states.)測定対象はAl金属中の不純物Fe(170 ppm)で,測定スペクトルから弾性散乱ピークを除去した後に,フーリエ変換を行って装置関数の部分的な除去を行い, Feの振幅で重みを付けたフォノン状態密度を求めたもの. 5)言えるが,複雑な物質中における特定の元素についての情報を抽出できるというメリットとも考えることができる.まさに,ここで紹介する鉄含有生体分子の活性中心の構造を調べる目的には大変適した方法である.また,鉄系高温超伝導体,微量不純物のフォノンの測定などにも有効な測定方法であるとも言える. 5)ただし,このような核共鳴非弾性散乱法によるフォノンの測定を行うための現実的な入射光源として大型放射光施設の利用が必要となるが,実験室で測定が可能なラマン分光法や赤外分光法の場合,赤外線や可視光を使用しているため,波数が0付近のフォノンしか観測することができない.分子などの振動モードの測定においてはそれで十分な場合も多いが,それに加えて赤外分光法の場合には電気双極子モーメントが変化する振動モードのみ,ラマン分光法の場合には分極率が変化するモードだけしか観測されない. 6)これに対して放射光核共鳴非弾性散乱法ではブリルアンゾーン全域にわたるフォノンが観測にかかり,禁制となる振動モードも存在しない.ただし,中性子非弾性散乱法やX線非弾性散乱法で観測することのできる分散関係を測定することはできず,次に説明するフォノン(振動)状態密度が観測されることになる.2.2同位体を特定したフォノン(振動)状態密度核共鳴非弾性散乱法によって測定された振動エネルギースペクトルはこれまで説明したようにフォノン(振動子)の生成・消滅のエネルギーを示しているが, 1つのフォノン(振動子)だけでなく2つのフォノン(振動子)を励起するようなマルチフォノン(多重振動励起)過程も含んだものとなっている.またその散乱強度は非弾性散乱過程であるため,(振動)エネルギーが高くなると相対的に弱く観測されるようになる.そこで,観測された散乱スペクトルから,振動強度を反映した情報に変換する必要がある.これについての詳細は別の文献にゆずるが, 7),8)調和振動を仮定してマルチフォノン(多重振動励起過程)を除去するとともに,装置関数をデコンボリューションすることによって,同位体を特定したフォノン(振動)状態密度を得ることができる(図3).ここまで,同位体を特定したフォノン日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)状態密度という言葉を使ってきたが,正確には,共鳴励起を行った原子核の振幅(偏極)ベクトルで重みを付けたフォノン(振動)状態密度である.ここで,ユニットセルの体積をV,フォノン(振動)の波数ベクトルをq, j番目の分枝のフォノン(振動)のエネルギーをωj,振幅(偏極)ベクトルをe j, kを入射X線の波数ベクトルとしてκ=k/|k|とすると,振幅ベクトルで重みを付けたフォノン(振動)の状態密度は以下のように表される.V2gE,κ∑dκj Ej∫j2π3 q e qδhωq( )=( )? ( ) ? ( )(1)粉末試料の場合にはκの積分による平均操作を行うことによって,振幅ベクトルの2乗の形に単純化され,すべての振動モードにおいて測定原子の振幅(の2乗)で重みを付けた状態密度になる.つまり,フォノン(振動)状態密度からは,振動エネルギーに加えて振動強度についての情報も得ることができる.2.3振動状態密度から分子振動構造の解析本総説においては,鉄含有生体分子の鉄活性点の振動構造解析について議論することから,本節においては分光学的情報から分子振動構造を抽出する方法を説明する. 2.2において,振動状態密度からは振動エネルギーに加えて振動強度についての情報も得ることができると述べたが,分光学的情報と分子振動構造とを対応させて理解するために,基準振動解析9)を行う必要がある.振動状態密度のスペクトルからκ・e j(q)の情報が得られるが(溶液中無配向試料の鉄含有タンパク質においてはe j(q)), e j(q)は以下の式で表される. 10)の変位, m jは原子核jの質量を表す.2 mr j jaej( q) =∑jmr22j jar ja2( )は原子核jの基準振動モードαの核(2)このe j(q)(mode composition factor)を精度良く求めてスペクトルを再現することで,振動状態密度のスペクトルから鉄原子の分子振動構造についての詳細な理解が可能に331