ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

太田雄大,瀬戸誠図1核共鳴非弾性散乱測定の概念.(Concept of nuclearresonant inelastic scattering.)左上に示した高分解能モノクロメータはSi 9 7 5の非対称反射を組み合わせたもので, Ge 3 3 1は実験セットアップの容易さのために入射光の方向を元の放射光となるべく同方向になるように用いている.この高分解能モノクロメータにより,共鳴励起エネルギー付近でmeV程度に分光した放射光のエネルギーを変えながら試料に照射した場合,そのエネルギーが共鳴励起エネルギーのところだけでなく,共鳴励起エネルギーと振動エネルギーの合計に等しくなったところでも励起が起こる.これを検出することで核共鳴非弾性散乱スペクトルを得ることが可能となる.存在しているが,そのような励起準位の中には100 keV以下のものが存在しており, SPring-8, ESRF,あるいはAPSなどの第3世代放射光施設の放射光を用いれば十分に励起可能である.また,それらの準位のエネルギー幅(不確定幅)はさまざまであるがneV程度のものも存在しており,そのようなものは振動分光をするためにも十分狭いものとなっている.放射光で原子核を共鳴励起させることを考えた場合,無反跳で原子核の励起が起こる場合がメスバウアー効果として知られている.一方で,共鳴励起エネルギーと異なる入射光を用いた場合,そのエネルギーが共鳴励起エネルギーと振動エネルギーを合わせたものに等しければ,原子核の共鳴励起とフォノンもしくは振動子生成を同時に起こすことが可能となる.また,入射エネルギーが共鳴励起エネルギーより低い場合でも,物質中に存在する振動エネルギーと入射エネルギーを合わせたものが共鳴励起エネルギーに等しくなれば,フォノン・振動子が消滅するとともに共鳴励起が起こる.このように入射エネルギーが共鳴励起エネルギーと異なる場合でもフォノン・振動子の生成や消滅を伴うことで,原子核励起が起こることになる.これが核共鳴非弾性励起である.このような核共鳴非弾性励起過程を用いることで物質中の振動状態を調べることが可能となる.この方法では,ラマン分光法のように励起を行った後に散乱されてくるγ線のエネルギーを分光するのではなくて,入射光のエネルギーを変えながら励起を行い,脱励起の際の散乱強度を測定すること図2核共鳴散乱および電子系による散乱の時間依存性.(Time structures of delayed nuclear resonant scatteringand prompt electronic scattering.)によって振動エネルギースペクトルを求めている(図1).ただし, meV程度に分光された放射光を照射した場合,原子核からの散乱よりも光電効果やトムソン散乱といった電子系による散乱のほうが強い.そこで核共鳴非弾性散乱過程を観測するためには,すべての散乱の中から核共鳴散乱成分だけを区別する必要がある.これを実行する方法として時間領域での測定法がある.原子核の励起準位が前述のようにneV程度の大変狭い幅を有している場合には,不確定性関係から励起状態は100 ns程度の寿命を有することになる.つまり,パルス放射光で照射され共鳴励起された原子核はその寿命程度の時間にわたってγ線や内部転換電子(そしてそれに伴う蛍光X線)などを放出することによって基底状態に戻る.これに対して,電子系による散乱は放射光パルスの入射とほとんど同時に起こるため,パルス照射後に遅れて散乱されてくる成分だけを検出することにより核共鳴励起が起こったことを確認することができる.図2にパルス放射光により共鳴励起を起こした原子核からの散乱強度の時間依存性を模式的に示す.よって,入射光のエネルギーを共鳴励起エネルギー付近で変化させながら,パルス放射光が照射された後の時間遅れ成分を検出することで振動エネルギースペクトルを求めることが可能となる.図1右に,振動エネルギースペクトルを示したが,横軸は共鳴励起エネルギーからのシフトを示しており,エネルギー0がフォノン・振動子の励起を伴わない共鳴励起を示している.このピークの右側の領域は共鳴励起エネルギーよりも高い入射エネルギーで励起を行った時の散乱スペクトルを示しており,フォノン・振動子の生成が起こっている.また,ピークの左側の領域は共鳴励起エネルギーよりも低い入射エネルギーの入射光の場合の散乱スペクトルであるが,有限温度の場合に物質中に存在している振動エネルギーを吸収することによって共鳴励起が起こっていることを示している.核共鳴非弾性散乱法の特徴は,共鳴励起過程を用いているために,特定の元素,正確に言えば励起を起こす特定の同位体の関与するフォノンもしくは分子振動だけを観測するというものである.これはすべてのフォノンもしくは分子振動を観測したいと考えた場合にはデメリットとも330日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)