ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

日本結晶学会誌56,329-335(2014)最近の研究から核共鳴非弾性散乱分光法による鉄含有生体分子の振動構造解析兵庫県立大学大学院生命理学研究科京都大学原子炉実験所太田雄大瀬戸誠Takehiro OHTA and Makoto SETO: Nuclear Resonance Vibrational Spectroscopic Studiesof Iron-containing BiomoleculesIn this review, we report recent nuclear resonance vibrational spectroscopic(NRVS)studiesof iron-containing biomolecules and their model complexes. The NRVS is synchrotron-basedelement-specific vibrational spectroscopic methods. Unlike Raman and infrared spectroscopy, theNRVS can investigate all iron motions without selection rules, which provide atomic level insightsinto the structure/reactivity correlation of biologically relevant iron complexes.1.はじめにタンパク質のほぼ半分は金属を補因子として含むことが知られている.鉄は地殻の中に4番目に多く含まれる元素であり,地球上の多くの生命の維持のために必要不可欠である.生体に捕り込まれた鉄は,タンパク質分子内においてアミノ酸側鎖もしくは生合成した補因子を配位子とした錯体を形成し,反応に最適な分子構造,それに付随する電子状態の制御を受けて,機能発現を果たしていると考えられる. 1)その機能としては,酸素の運搬貯蔵,小分子活性化,電子伝達,気体感知,基質代謝, DNA修復,細胞内情報伝達などが挙げられ,生命の恒常性維持のために本質的な化学機能を果たしていることが知られている. 2)タンパク質などの生体分子中の鉄原子を含む部位は活性中心と呼ばれ,重要な化学反応を触媒することが知られている.したがって,鉄活性中心の分子機構を理解することは,鉄含有生体分子の分子機構の全容の解明において本質的な課題である.鉄をはじめとする金属を含有した生体分子の分光学的研究は,過去半世紀にわたって,各種分子構造解析手法の発明により大きな進展を遂げた. X線結晶構造解析法が,分子構造について基本となる情報を与える一方で,各種分光的解析により得られる金属活性中心近傍の分子構造および電子状態に関する性質は,構造と反応性の相関について深い洞察を与えるものである. 3)近年,鉄を含むタンパク質活性点の分子振動構造を強力に研究する手段として,核共鳴非弾性散乱法(NuclearResonance Inelastic Scattering(NRIS),もしくは, NuclearResonance Vibrational Spectroscopy(NRVS))†が強力な分析手法として認識されるようになってきた.核共鳴非弾†化学論文誌の文献においては, NRVSが多用されている.本総説では以降, NRVSを用いる.日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)性散乱分光法は,原子核の共鳴準位のエネルギーに近いX線を試料に照射し,固体のフォノンもしくは分子振動の生成・消滅を伴う原子核励起を起こさせることにより,その振動の様子を調べる分光法である.そのエネルギー準位が,原子核の種類により異なることと,きわめて狭いエネルギー幅をもつことから,複雑な分子の場合であってもある特定の元素に注目した振動が測定できることが特徴で,1995年に初めて実証された. 4)金属タンパク質の振動分光法としては共鳴ラマン分光法もしくは赤外吸収分光法が主たる手法であったが, NRVSは選択則なくすべての鉄原子の振動モードの観測を可能にするため,従来の分光法では得られなかった新たな知見が得られ,鉄含有生体分子の分子機構の解明に大きく貢献することが期待されている.本総説では, NRVSの原理と測定法の解説,およびわれわれが近年行ってきた,鉄含有タンパク質および関連する生体模倣鉄錯体の分子振動構造の解析例について報告する.2.放射光核共鳴非弾性散乱法2.1放射光核共鳴非弾性散乱法の概要放射光核共鳴非弾性散乱法は物質中の振動状態を調べる分光法であるが,一般的にそのような振動分光法として,ラマン分光法と赤外吸収分光法が広く用いられている.赤外吸収分光法は,光(赤外線)を用いて振動準位を直接励起するものであり,吸収される光の振動数(波長)から振動準位を調べる分光法である.一方,ラマン分光法は,物質に光を照射し,分子振動による光のエネルギー変化を調べることによって振動準位を調べるものである.これに対して,放射光核共鳴非弾性散乱法は,放射光の入射エネルギーを変えながら,固体フォノンもしくは分子振動の生成・消滅を伴う原子核共鳴励起を起こさせることで,振動のエネルギーを調べるものである. 4)以下にその概略について述べる.原子核にも原子と同じように励起準位が329