ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

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概要

日本結晶学会誌Vol56No5

大津博義互作用点を有する細孔性ネットワーク錯体の合成手法として,「速度論的組立」という方法を提起している. 8)この方法は,速度論的に,相互作用点をもつ細孔を有するネットワーク錯体を合成する方法である.例えば,置換活性な金属クラスター[Cu 4I 4(PPh 3)4]を用い, T d対称性配位子TPPM(tetra-(4-(4-pyridyl)phenyl)methane)との間でネットワーク錯体を合成すると,反応後の冷却条件の違いにより,速度論的ネットワークと熱力学的ネットワークを作り分けることができる. 8)特に,速度論的ネットワークの細孔内部にはネットワークを構成するヨウ素原子が向いており,これが細孔の相互作用点となっている.この相互作用点の存在により,ヨウ素分子は細孔に対して化学吸着を示す.速度論的なネットワークの合成法としては,ほかにも,瞬間合成法がある.これは,コネクター(金属イオン)とリンカー(有機配位子)を瞬間的に混ぜて粉末結晶状のネットワーク錯体を合成する方法である.これも速度論的な合成法であるため,細孔を有するネットワークを得やすく,「結晶性分子フラスコ」を指向した細孔性ネットワーク錯体の合成に有利な方法である.しかし,この場合,単結晶が得られないため,その構造は粉末X線解析によって決定する必要がある.このように速度論的にネットワークを組む場合は,粉末結晶しか得られない場合が多い. 9)そこで,「結晶性分子フラスコ」の適用範囲を粉末結晶まで拡げることは,相互作用点をもつ,速度論的ネットワークを利用する際に意義深いものとなる.3.不安定種としての小硫黄同素体3.1不安定硫黄同素体硫黄は,誰もが知っている元素の1つであり,紀元前の昔から日常的にわれわれに親しまれている.産業においては硫酸の原料,自然界においては嫌気性生物の呼吸物質であるなど,至る所で硫黄は見受けられる.この硫黄元素の一番の特徴は,その同素体の多さにある.約30ある同素体は常温常圧で最も安定な環状S 8,準安定なS 6, S 12, S 20,高分子硫黄など,ほとんどすべてについて結晶構造が明らかにされている. 10),11)しかし,構成原子数が6より少ない硫黄同素体(小硫黄)Sn(n<6)は不安定種であり,高温で気体としてしか存在せず,すぐにS 8などの安定種に変換してしまう.小硫黄は火山や木星の衛星イオなどに特殊な条件化においては存在することが明らかされている. 12)しかし,一般的に,その不安定さから,その構造や化学的性質は高温気体もしくは低温マトリックス中で,分光学的手法によってのみ研究されてきた. 13)また,小硫黄は高温の硫黄蒸気中ではS 2からS 8までの化学種の混合体として存在し,単離することは不可能と考えられてきた.このように,硫黄の化学は200年以上もの長い歴史を有するものの,小硫黄の化学は発展途上の領域である.しかし,その反応性ゆえに非常に興味深い対象であり,有機反応における利用, 14)機能性材料としての可能性15)など,小硫黄は硫黄化学の新たな分野として期待されている.小硫黄の可能性の追究のためには,その構造を知ることは不可欠であり,このような不安定種の単離,直接観察を可能とする「結晶性分子フラスコ」の役割は非常に大きい.今回,その第一歩として,小硫黄S 3を「結晶性分子フラスコ」に単離捕捉し,その構造を粉末X線解析により明らかにした.4.小硫黄の「結晶性分子フラスコ」への捕捉4.1硫黄を捕捉する結晶性分子フラスコ小硫黄を捕捉する「結晶性分子フラスコ」として安定な粉末結晶である[(ZnI 2)3(TPT)2]n(TPT=2,4,6-tris(4-pyridyl)triazine)を用いた.このネットワークはZnI 2とTPTの瞬間合成により得られる速度論的ネットワークを,さらに加熱することで得られる粉末結晶である. 16)粉末X線解析により得られたその構造を図1に示す.このネットワークは~6.2×8.5 Aの細孔サイズを有しており, S 6よりも小さい小硫黄同素体のみが入ることができる.また,このネットワークは400℃までその細孔を保ったまま安定に存在することができるので,高温下で小硫黄の取り込みを行うことができる.さらに,ネットワーク中のヨウ素が細孔内部に向いており,ゲスト分子との相互作用点を有しているため,小硫黄を捕捉しやすくなると考えられる.このネットワーク錯体は粉末結晶であるため,小硫黄捕捉後の構造を粉末X線解析により解く必要がある.これは,「結晶性分子フラスコ」の概念が粉末結晶に適用できることを示す良い例となる.4.2硫黄の蒸気拡散によるネットワークへの捕捉法まず,小硫黄捕捉の実験方法について述べる.硫黄は蒸気中で小硫黄S 2からS 8までの混合気体として存在する.温度が高くなるとS 2など小硫黄の存在比が大きくなるため,小硫黄はネットワークが安定に存在できる範囲の高温で取り込まなければならない.そこで,減圧下, 260℃で硫黄を蒸気として拡散させ,細孔性ネットワーク錯体に取り図1結晶性分子フラスコとして用いた細孔性ネットワーク錯体[(ZnI 2)3(TPT)2]nの構造.(Crystal structureof a porous coordination network,[(ZnI 2)3(TPT)2]n,used as a molecular crystalline flask.)324日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)