ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

日本結晶学会誌56,323-328(2014)最近の研究から細孔性ネットワーク錯体を用いたS 3分子の単離と粉末X線回折による構造決定浦項工科大学先端材料科学部大津博義Hiroyoshi OHTSU: Isolation of Labile S 3 Molecule in Porous Coordination Networkand its Structure Determination by Ab Initio Powder X-ray AnalysisIn this review, we report isolation of unstable tri-sulfur, S 3 , in a porous coordination networkwhich is used as a crystalline molecular flask. The ozone-like structure of S 3 in a pore wasdetermined by ab initio X-ray powder diffraction analysis. The S 3 in the pore was interactedwith iodine which faces to the pore of the network. The S 3 in the network was quite stableunlike unstable gaseous S 3 molecule because of the S-I interaction in the pore. Furthermore,the S 3 in the network could be transformed to S 6 by mechanical grinding or heating in thepresence of NH 4 Cl. We will introduce new chemistry of small sulfur based on crystal structure.1.はじめに化学的に不安定な化合物は,原理的にX線回折測定に適していない.それでも,さまざまな方法でその困難を克服し,不安定種の構造をX線回折により観測するための研究がこれまで続けられてきた. 1)なかでも細孔性ネットワーク錯体を用いた「結晶性分子フラスコ」の概念は,不安定種の直接観察の可能性をおおいに拡げた.今回,「結晶性分子フラスコ」を用いて観測する不安定種として,少数の硫黄原子から構成される硫黄同素体,「小硫黄」:S n(n<6)に着目した.硫黄は,紀元前の昔から,われわれに身近な元素であるにもかかわらず,小硫黄はほとんど未知の領域である.これは,小硫黄が不安定種であり,その単離の困難さから化学的追究がなされてこなかったからである.これら小硫黄の化学を構造に基づいて追究していけば,硫黄の化学に新しい領域が拓けてくると考えられる.そこで,ここでは,この小硫黄のうち, S 3を「結晶性分子フラスコ」に単離捕捉し,その構造を粉末X線回折により初めて解析し,さらに,その化学について明らかにした研究を紹介する. 2)今回,「結晶性分子フラスコ」の概念があらゆる物質群に適用できることを示すために,単結晶よりも汎用性の高い粉末結晶を用い,非経験的粉末X線構造解析(ここでは,粉末X線解析と略す)を用い,結晶構造を明らかにした.粉末X線解析は無機物やゼオライトなどでは一般的になってきたものの,ネットワーク錯体などの単位胞体積の大きな系については,解析が成功した例は多くない. 3)その意味で,粉末X線解析のネットワーク錯体,すなわち「結晶性分子フラスコ」への適用は非常に挑戦的な課題と言える.日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)2.結晶性分子フラスコ2.1不安定化学種の直接観察従来,不安定種のX線回折による直接観察は反応によって生じる不安定種を直接観察する「その場観察」の手法で行われてきた. 1)しかし,この手法は,適用できる化合物が限られるという限界があるため,次のアプローチとして,分子性かご状錯体に不安定種を包接する「独房アプローチ」が提案された. 4)この方法では,本来結晶にならない分子でも観察の対象になるため,研究対象となる不安定種の適用範囲が大きく拡がった.しかし,かご状錯体は分子性結晶であるため,堅牢性に問題があった.そこで,分子性結晶の代わりに結晶性ネットワーク錯体を使うことで,この問題は解決され,あらゆる不安定種に適用可能である「結晶性分子フラスコ」という概念が提案された. 5),6)この方法により,不安定中間体を含む化学反応をX線回折で直接観測することができるようになった. 7)2.2結晶性分子フラスコの設計「結晶性分子フラスコ」はネットワークによって決まったサイズをもつため,観察したい不安定種に合わせてネットワーク(フラスコ)を選択することが可能である.これは,ネットワークおよび細孔の設計が重要であることを示している.設計の指針として,細孔サイズと細孔の機能が挙げられる.細孔サイズは,ゲスト分子が細孔に入るかどうかを決める因子となる.細孔の機能として,細孔のもつ相互作用点が挙げられる.不安定種と相互作用して,それを安定化させることができるような相互作用点が細孔内に存在すれば,不安定化合物を安定に取り込むことができる.2.3細孔性ネットワーク錯体の速度論的組立相互作用点は細孔の鍵となる機能である.われわれは相323