ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

ページ
31/66

このページは 日本結晶学会誌Vol56No5 の電子ブックに掲載されている31ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

日本結晶学会誌Vol56No5

ブックを読む

Flash版でブックを開く

このブックはこの環境からは閲覧できません。

概要

日本結晶学会誌Vol56No5

多極子展開法による電子密度分布解析と化学結合の評価図3t-Bu基中のメチル基の水素原子がdisorderしたt-Bu基のresidual map(C2-C3-C4平面上).(a)disorderを構造モデルに含まないもの,(b)disorderを構造モデルに取り入れたもの.(Residual maps of t-Bu moiety on the C2-C3-C4 plane.(a)non-disordered model;(b)disordered model.)実線,破線はそれぞれ,正および負の電子密度を表す.等高線の間隔は0.05 e/A 3 .メチル基の水素原子のdisorderを構造モデルに取り入れた結果,(a)に見られた水素原子周囲,およびメチル基の炭素原子位置の残差が消失した(b).水素の占有率はほぼ0.9と0.1であった.れらのパラメーターは温度因子との相関が非常に大きい.精密化においては,これらのパラメーターが適切に収束していることを随時確認しながら解析を進める必要がある.このため,最小二乗法による精密化の初期段階において,これらを同時に精密化することは避けなければならない.精密化は初期構造モデルとして高角解析の結果を用い,低次の多極子から順に精密化を進める.軽原子に対し,高次の多極子を割り当てると,電子密度分布のモデリングはきれいでも,多極子パラメーターが意味のない値となることが多い.筆者の経験では, d軌道の分布を考慮しなくてよい場合は, octupoleまで, d軌道の分布を考慮する必要がある場合は, hexadecapoleまでの精密化で特に問題なかった.水素原子について,筆者は結合軸方向のdipoleまででよいと考えている.しかし,扱う分子や結合の性質も影響するので,いくつかモデルを構築して妥当性を検討しながら,解析を進める必要がある.一般に結果に大きな違いがない場合は,低次の多極子によるモデルを適用するとよい.精密化において,化学的環境が近い部分の多極子間に束縛を課す必要がある.一方で,化学的には同じ環境でも,結晶構造内では環境が異なるのが一般的である.このため.精密化が進むにつれて,化学的環境の束縛を緩くする必要がある.多極子パラメーターがいったん収束したら,κおよび,κ’の精密化を行う.多極子パラメーターとκ,κ’を交互に精密化し,収束させる.これらが収束したら,すべてのパラメーターを同時に精密化し収束させる.一般的な精密化方法についてここに記述したが,多極子展開法による精密化において,何にもつまずくことなく解析が終わることはほとんどない.対処法は場合によって異なるので,多く論文に当たりいろいろな経路で精密化を行うとよい.多極子展開法による精密化を含む,一般的な電子密度分布解析の流れを図2に示す.ただ,筆者の経験上,精密化がうまくいかない場合,データに問題があることが多い.実験条件の検討から洗い直してみるとよい.日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)図4(a)C-P-C-Pビラジカル化合物,(b)ORTEP図(50%probability).((a)Biradical compound,(b)ORTEPdrawing at 50%probability.)3.6.4結果の評価解析結果の評価は, R因子による評価だけでなく,電子密度分布図上での評価が重要である.精密化が適切に終了したかは, Residual Map上に系統的な電子密度が残っていないことを確認する.この時点で,通常の構造解析では見出すことができなかった,占有率の低いdisorderや,水素原子位置のdisorderが見つかる場合がある.このようなときは,構造モデルにdisorderモデルを取り入れ,最初から解析をやり直す必要がある.そのうえで,各パラメーター値が常識的なものとなっているかを精査する. Hirshfeldのrigid bond testを行い,外殻電子密度分布と温度因子パラメーターが分離できているか検討する.また, DynamicModel Map, Static Model Mapにおいて,フェニル基やメチル基のように,結合状態の変化が小さく,電子密度分布解析や計算化学の研究例が多い置換基の電子密度分布の形状や密度そのものに異常がないかを確認する.同時にAIM解析を行い, BCP上の電子密度値や,結合楕円率が一般的なものであるかも確認する.4.具体例:一重項ビラジカルの電子密度分布6)最近, C-P-C-P四員環骨格内の2つの炭素原子がともにラジカルである,ビラジカル化合物の電子密度分布観測に成功した.この化合物は,ほかの物性測定から一重項のビラジカルであることがわかっている.四員環の対角に位置する炭素原子間の距離は, 2.5386(5)Aであり,炭素原子のvan der Waals半径の和(3.4 A)よりも顕著に短く,ラジ317