ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

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概要

日本結晶学会誌Vol56No5

多極子展開法による電子密度分布解析と化学結合の評価電子密度分布解析に用いれば,温度因子による原子変位と価電子の分布を,別のパラメーターを用いて分離して取り扱うことが可能になる.したがって,よく精密化された多極子パラメーターが得られれば,温度因子パラメーターを除いたフーリエ合成によって,熱振動の影響を除いた,いわば, 0 Kにおける電子密度分布が得られる.これによって,実測に基づく電子密度分布と計算化学によって得られた電子密度分布を直接比較することができることが可能になる.一方で,分子の広い範囲に存在する価電子の分布を,各原子に局在化した電子密度分布モデルで表現するために,原子上に局在化した価電子(d電子など)以外,分子軌道ごとの電子占有率を得ることができない.このため,解析結果の評価は,フーリエ合成図か, AIM解析が中心となる.分子軌道間の電子のやりとりについての定量的解釈のためには,計算化学のサポートが必要である.3.3多極子展開法を行うために必要なデータ電子密度分布解析のためには,低角から高角(sinθ/λ>1.2 A ?1が目安)にわたり,精度・確度ともに良好な回折データを測定する必要がある.これは,低角の反射は,価電子の分布による寄与が大きいためであり,高角の反射は,電子密度の分解能向上と,電子密度分布解析を行う上での前提となる,高精度・高確度の原子座標および,温度因子パラメーターが必要であるためである.また,多極子展開法による電子密度分布解析を行うには,通常の構造解析を行う場合に比べて,精密化するパラメーター数が2~4倍以上になる.したがって,最小二乗法を満足に実行するために多くの独立反射が必要となる.測定において,特に注意を要するのが,低角反射の測定である.価電子の分布は,低角反射の強度に寄与するため,すべての低角反射を精度よく,確実に測定する必要がある.単位胞が大きい場合は,極低角の反射がビームストッパーの陰に隠れる場合がある.ビームストッパーの形状を工夫するなどして,確実にこれらを測定するようにする.また,低角領域は,吸収や消衰効果の寄与も大きい.これらに対しては,「とにかくデータを収集しその後,適切な補正を行えばよい」というのではなく,「実験において,考え得る限りの手を尽くして抑え,その後,適切な補正を行う」必要がある.特に,消衰効果は電子密度分布解析において致命的な悪影響を与えるので,結晶のサイズを小さくし,測定に用いるX線の波長を短くして対応する必要がある.一般に有機化合物結晶で高角反射の強度は,水素結合など強い分子間相互作用で,分子内各原子の熱運動が抑えられている場合を除き,原子の熱運動によって,高角領域の回折点の強度が著しく減衰する.特に筆者が研究対象としている,嵩高い保護基を有する典型元素化合物などはこの典型である.原子の熱運動を抑えるためには,低温で測定を行うことは言うまでもない.一方で,原子の熱運動や,その結果生じるdynamicなdisorderを抑えるためには,徹日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)底的に低温にすればよいというのは誤っている.急激に温度を下げると,温度を下げる前には熱運動し相互に行き来できていたlocal minimumの間に,突然,高い障壁ができ,dynamicなdisorderがstaticなdisorderとなってしまい,いくら温度を下げてもdisorderが解消しないことがある. 4)これを避けるには,室温か結晶が析出した温度で,回折装置に結晶をマウントし, 1 K min ?1ほどの冷却速度で100 K以下に結晶を冷却するとよい.以上に測定上の注意点を列挙したが,最も大切なことは,新鮮で良好な結晶を測定に供することである.析出したばかりで,結晶化溶液に浸かったままの単結晶を,試料や溶液の性質を熟知した上で,適切,かつ, speedyに取扱い,回折装置にマウントする.この操作が十分でないと,上に記載した内容をいくら実行しても,精度のよい電子密度分布は得られない.3.4いろいろな電子密度図5)電子密度分布解析の結果評価には,さまざまな係数のフーリエ合成図が用いられる.本章でこれらについて簡単に説明する.なお,F(o),F(IAM),F(model),F(mult),F(IAM-st)はそれぞれ,実測に基づく構造因子,球状原子モデルによる構造因子,モデル化した全電子密度分布による構造因子, F(model)から温度因子の寄与を除いた構造因子, F(IAM)から温度因子の寄与を除いた構造因子である.3.4.1 Residual Mapこの電子密度図は,|F(o)|-|F(model)|を係数とするフーリエ合成図である.この密度図は,(実測の電子密度)-(モデル化した電子密度)を意味し,図には電子密度分布解析によって,モデル化できなかった電子密度が現れる.したがって,電子密度のモデル化が完全であれば,図上に何も密度が描画されない.一方,系統誤差やモデル化の不完全な部分がハイライトされる.3.4.2 Dynamic Model Mapこの電子密度図は,|F(model)|-|F(IAM)|を係数とするフーリエ合成図である.モデル化した全電子密度を用いた,通常の差フーリエ合成に相当する.3.4.3 Static Model Map|F(mult)|-|F(IAM-st)|を係数とするフーリエ合成図である.温度因子の影響を除いた構造因子により計算されているので, 0 Kにおける差電子密度図に相当する.価電子の分布やホールがハイライトされる.3.5 Atoms In Molecules(AIM)理論2)Atoms In Molecules(AIM)理論は,電子密度を定量的に解釈するために,結晶,単分子問わず広く用いられている手法である.全電子密度分布を用いて,価電子についての議論を行う場合,外殻電子は広範囲に分布するために,原子位置に局在化した密度の高い内殻電子の分布に埋もれてしまい,化学結合などを評価することが困難となる.AIM理論では,電子密度分布をベクトル解析の手法で曲315