ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

い特集:化学分野における結晶学-化学結晶学の“現ま在日本結晶学会誌56,313-318(2014)”を切り取る-多極子展開法による電子密度分布解析と化学結合の評価独立行政法人理化学研究所創発物性科学研究センター橋爪大輔Daisuke HASHIZUME: Introduction of Multipole Expansion Method for Electron DensityDistribution Analysis and Its Application for Characterization of Chemical BondsMultipole expansion method is frequently used for refinements on electron density distributionof organic compound and metal complex crystals aiming at understanding nature of chemicalbonds and intra- and inter-molecular interactions. In this article, short introduction of the method,and procedures on experiments and refinements are presented. Electron density distribution analysisof a singlet biradical compound generated in C-P-C-P four-membered ring is also presented.Topological analysis based on Atoms in Molecules theory is performed.1.はじめに結晶構造を精密に決定し,得られた精密な構造情報から結晶の性質,または結晶を構成する分子の性質の理解に努めることが,結晶化学における重要な手順の1つである.一方,化合物の性質や,半導体などの結晶を舞台とする固体材料の研究では,構造情報は必須であるが,この結晶構造,分子構造を基にした量子化学計算によって,議論が行われている.これは分子や結晶の性質を決めている要因が価電子の分布であるためである.したがって,この問題に結晶構造解析が直接アプローチできれば,化学的価値が高く,「実測した」というインパクトも得られる.本稿では電子密度分布解析法の1つの手法として,多極子展開法について概説し,データ測定から解析,結果の評価について,実際に手を動かしている人の参考になるような注意点を述べる.2.電子密度分布解析の概要2.1電子密度分布解析とはX線は電子によって散乱される.したがって, X線回折によって,結晶中の電子密度分布が得られる.つまり, X線結晶構造解析は結晶中の電子密度分布を解析することである.一般的に行われている解析は結晶中の全電子密度に球状原子モデルを当てはめ,原子位置と調和熱振動を精密化しているに過ぎない.つまり,本来データに含まれている価電子の分布が構造モデルに含まれていない.この場合でも,価電子の分布は差フーリエ合成によって得ることができる.定性的にはこの手法で十分である場合もあるが,価電子の分布は密度が低いため,測定ノイズの影響でひずむことが多い.また差フーリエ図(差電子密度図)には,価電子の分布と,構造モデルに取り込むことができな日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)かった熱運動による揺らぎが現れる.このため,差フーリエ図のみによる評価では,定量的な扱いが困難であるだけでなく,見逃しや,誤った解釈を招く恐れがある.これの問題を打開するためには,全電子密度を数学的にモデル化することが必要である.「電子密度分布解析」とは,価電子の分布を含めた結晶中の全電子密度をモデル化する解析手法を指す.この手法はかつて,「精密解析」と呼ばれたこともあったが,何がどのように精密なのか不明なことと,近年,精度の高い通常の構造解析を「精密構造解析」とする発表がある.よって,混乱を防ぐために,本稿では,外殻電子の密度も含めた,結晶中の全電子密度のモデリングを伴う解析を「電子密度分布解析」と呼ぶことを提唱する.2.2歴史的背景全電子密度を解析する研究は, 70年代からいくつかのグループで行われてきた.化学分野では, Hansen, Coppensらが開発した多極子展開法1)が主流である.この手法は,結合電子や非共有電子対の分布だけでなく,各d軌道中の電子数を得ることができるため, 70年代後半から,金属錯体結晶の研究を中心に利用されてきた.しかし, 90年代初頭以降,電子密度分布解析による結晶化学的研究に限界が見られるようになった.これは手法に魅力がなくなったわけでなく,当時のハードウエアで電子密度分布解析を目的とした,測定・解析を行うことのできる試料が枯渇してしまったためであろう.2.3回折装置の発達電子密度分布解析には,低角から高角にわたり精度・確度が高いデータが必要である.また,価電子密度分布への熱振動の影響を小さくする目的で低温実験が必須となる.当時は測定に四軸型回折装置を用いていたので,測定に数週間が必要であることも少なくなかった.さらに,低温装313