ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

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概要

日本結晶学会誌Vol56No5

J-PARCの大強度中性子を用いた結晶化学の新展開図3 J-PARC/MLFで稼働している2台のTOF-Laue単結晶中性子回折計.(Two TOF-Laue single crystalneutron diffractometers at J-PARC/MLF.)(a)構造生物学・化学用回折計iBIX(BL03).(b)物性科学・化学用回折計SENJU(BL18).レーション型検出器で, iBIXでは128×128 mm(256×256 pixels)のもの10)を30台, SENJUでは256×256 mm(64×64 pixels)のもの11)を37台並べている.一方,結晶化学用の回折計としてのこれら2台の違いは,主に入射中性子の性質と試料環境である. iBIXにおける入射中性子の波長はλ>0.7 Aであり,タンパク質結晶の弱いBragg反射の測定に合わせてパルスの積分強度が大きい結合型モデレータのビームポートに設置されている.これに対し, SENJUの入射中性子はQの大きい領域の回折データの測定に合わせてλ>0.4 Aと短波長領域まで使っており,一方でBraggピーク近傍の弱い衛星反射や散漫散乱まで測定できるようにパルス幅の小さいポイゾンド非結合型モデレータのビームポートに設置されている.また,試料環境の違いは2つの回折計を大きく特徴付ける違いである. iBIXの試料環境はX線回折測定用のゴニオメーターヘッドと窒素ガス吹付け型の低温装置で構成されており,測定時には実験室系での単結晶X線回折測定同様,回折計の試料位置に直接試料結晶をセットし,望遠鏡で結晶を観察しながらセンタリングを行う.このため,クライオループを使った試料のマウントや試料のフラッシュクーリングなど,実験室系のX線回折計と同様の器具,手法で試料をセットすることができる.一方,SENJUでは直径80 cmの真空試料槽の中に試料結晶を入れて測定を行う.試料結晶は回折計本体の脇にあるセンタリング用架台で専用のゴニオメータにセットしてセンタリングを行ってから,ゴニオメータごと真空試料槽の上から試料槽内に挿入する.試料挿入後は試料槽内部を真空にして回折測定を行う.試料をセットするゴニオメータは測定条件によってさまざまな種類が用意されており,室温測定用のfixed-χ型2軸ゴニオメータに加え,同じく2軸ゴニオメータがついた4 K冷凍機や重量物をセットするための1軸ゴニオメータ,希釈冷凍機付き7 T超伝導マグネットなどを選択することができる.加えて, SENJUでは試料周りを含むダイレクトビームパス全体を真空にするために空気散乱の影響がなく,測定時のバックグラウン日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)ドが非常に小さい.このため,微小結晶からの弱いBragg反射であってもバックグラウンドに埋もれることなく測定することが可能となり,後述のとおり0.1 mm 3の有機結晶であっても構造解析が可能である.iBIXとSENJUのどちらの回折計も,結晶化学の分野で研究対象となるような有機結晶試料を測定できるよう設計されている.しかし上述の違いがあることから,筆者は室温・大気中で不安定のためにフラッシュクーリングでのサンプルマウントが必要というようなデリケートな試料については吹付け型冷凍機を備えたiBIXを,室温でも安定な試料についてはhigh-Q領域まで測定できるSENJUを勧めている.また,窒素ガス吹付けで到達できない低温領域での測定を行う場合はSENJUを使う必要がある.3.単結晶中性子構造解析を利用した結晶化学の展望3.1微小有機結晶の単結晶構造解析SENJUが目指している回折測定の1つが, 0.1 mm 3の単結晶試料を用いた中性子構造解析である.これは1辺の長さが0.5 mm弱の結晶の体積に相当し, 1990年代まで一般的であった実験室系での4軸回折計による単結晶X線構造解析に用いていた試料サイズと同程度である.現在の単結晶X線構造解析で用いる結晶に比べるとまだかなりの大きさではあるが,試料調製を行う上では結晶化条件の最適化を試みることで何とか得られそうな「現実的な」サイズと思われる.そこでこのサイズでの有機結晶の単結晶中性子構造解析の実現性を調べるため,直径0.6 mmの球形に整形したタウリンの単結晶について, SENJUを用いて室温での中性子構造解析を行った. 12)ガラスキャピラリーの先端にマウントした試料をSENJUの室温用2軸ゴニオメータにセットし,真空試料槽内に吊り下げてパルス中性子を照射し,回折測定を行った.入射中性子としてディスクチョッパーで0.4~4.4 Aの中性子を切り出し,1方位30時間の露光で6方位分のTOF-Laue回折パターンを測定した.回折パターンの一部を図4に示す.ガラスキャピラリー由来のバックグラウンドが若干出ているが,試料結晶由来のBragg反射についてI>4σ(I)のものを980個測定し, d minは0.7 Aであった. JANA2006 13)を用いた構造精密化の結果,水素原子を含むすべての原子について異方性温度因子で精密化を行うことに成功した.得られた分子構造図を図5に示す.原子間の結合長や結合角は既知の値とほぼ一致しており, R因子も7.16%(I>4σ(I))という値が得られた.この結果はSENJUを用いることで体積が0.1 mm 3の有機結晶の中性子構造解析が現実的なマシンタイムで測定可能であることを示している.なお, SENJUではタウリン以外にもいくつかの典型的な有機結晶試料について構造解析を試みているが,いずれの試料においても結合長や結合角,各原子の温度因子は妥303