ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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概要

日本結晶学会誌Vol56No5

大原高志図2茨城県東海村に建設された大強度陽子加速器J-PARCと,その中央に位置する物質・生命科学実験施設(MLF).(Japan Proton Accelerator Research Complex(J-PARC)and Materials and Life Science ExperimentFacility(MLF)at Tokai, Ibaraki.)実的には単結晶中性子構造解析は大きな結晶が比較的調製しやすい試料に限定されてしまっていた.これに対し,図2に示す大強度陽子加速器複合研究施設J-PARCの中の実験施設の1つ,物質・生命科学実験施設(MLF)は茨城県東海村で2008年から稼働を開始した世界トップレベルのパルス中性子源であり,さまざまな種類の中性子散乱実験をこれまでと比べてより高分解能,高効率で行うことが可能になった.その中で筆者が装置責任者を務めるSENJU(BL18)は2012年に稼働を開始した単結晶中性子回折計である.この回折計は従来に比べて一桁小さい体積の単結晶を用いた中性子構造解析を現実的なビームタイムで実現できるのに加え, 10 K未満の低温をはじめとしたさまざまな試料環境での回折測定が可能である.そのため,結晶化学の分野においても測定可能な試料の種類が大きく広がるのに加え,極端環境を組み合わせたさまざまな中性子回折実験が現実的に可能になると期待できる.そこで本稿ではパルス中性子を用いた単結晶回折測定法について簡単に述べるとともに, SENJUの話題を中心にMLFにおける単結晶中性子構造解析の最新状況を紹介し,今後の結晶化学の発展に対する中性子構造解析の可能性について述べていきたい.2.J-PARCにおける単結晶中性子回折実験2.1パルス中性子の発生中性子回折実験を行うための中性子源としては原子炉における核分裂を利用したものと,加速器による核破砕を利用したものがある.前者は中性子科学の黎明期から用いられ, 1960年代から70年代にかけてHFIR(米国)やILL(仏国)といった現在においても世界最高レベルの出力を誇る研究用原子炉が建設されているが,それ以降これらの出力を上回る研究炉は建設されていない.一方,後者は1980年代中頃にKENS(日本)やIPNS(米国)で実用化されて以降, LANSCE(米国)やISIS(英国)という第2世代の中性子源で出力が向上し,さらに2000年代にはSNS(米国)のような1 MW級の出力をもつ第3世代の中性子源が建設されるに至っている. J-PARCを構成する実験施設の1つであるMLFは, SNSと同様の第3世代各破砕中性子源で, 2014年6月時点での出力は300 kW,数年後には出力1 MWに到達する予定である.MLFでは600 kW線形加速器および3 GeVシンクロトロンによって加速された陽子を水銀ターゲットに衝突させ,これによって起こる水銀原子の核破砕によって中性子を発生させる.陽子は1秒間に25回のペースで水銀ターゲットに入射するため,得られる中性子も25 Hzのパルス状の白色中性子となる.これは原子炉のような定常中性子源と大きく異なる加速器を利用した中性子源の特徴であり,定常中性子源に対してパルス中性子源と呼ぶ.2.2 Time of flight(TOF)Laue法パルス中性子源における単結晶回折測定では,一般的に白色中性子を用いたTime of flight(TOF)Laue法が用いられる.中性子は物質波であるためその速度は波長に依存し,例えば1mの距離を飛行する時間は1 Aの中性子では253マイクロ秒なのに対し, 2 Aの中性子では倍の506マイクロ秒を必要とする.この性質を利用し,パルス中性子が発生してから検出器に到達するまでの飛行時間(timeof flight)をマイクロ秒単位で測定することで,検出した中性子の波長を知ることができる.白色X線や定常中性子源の白色中性子を用いたLaue法では検出器の同一位置で検出される複数のBragg反射を分離することはできないが,同じ白色中性子を使ってもTOF Laue法では検出器上のある位置で検出された中性子を波長方向に分離できるため,例えば(1 1 1),(2 2 2),(3 3 3)といった通常のLaue法では検出器の同じ位置に出て分離ができないBragg反射であっても,別々の反射として分離して積分強度を得ることができる.すなわち, TOF-Laue法は広い逆空間を一度にスキャンできるLaue法の利点を維持しつつ,通常の単色X線/中性子を用いた回折測定のように各Bragg反射を分離したピークとして観察できる,非常に高効率な回折測定法と言える.2.3 MLFの単結晶回折計2014年6月現在, MLFには2台の単結晶中性子回折計が稼働している. 1台は主に構造生物学,化学用に開発され, MLFの最初の中性子実験装置の1つとして2008年に稼働を開始したiBIX(BL03)7)(図3a),もう1台は物性科学,化学用に開発され, 2012年に稼働を開始したSEN-JU(BL18)8),9)(図3b)である.どちらの装置も試料位置の周りを複数の二次元検出器で広く取り囲むことで検出効率の向上を図っている.この二次元検出器はTOFを測定するために1マイクロ秒の時間分解能をもったシンチ302日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)