ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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日本結晶学会誌Vol56No5

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概要

日本結晶学会誌Vol56No5

放射光X線による結晶構造解析の実際と展望は多くの場合,単結晶構造解析に適応したサイズの結晶が得られるとは限らない.また,工業的に用いられている材料の多くは粉末あるいは多結晶状態であり,単結晶がなかなか得にくい場合も多い.粉末X線回折データによる構造解析は,単結晶構造解析に適した結晶が得られない試料に対する構造解析手段としてだけではなく,単結晶構造解析が苦手とする特殊条件下によるオペランド測定に適応することができる.近年, ab-initio粉末X線構造解析のハードルを下げるべく,大学の研究者やX線メーカーによる解析手法の研究やソフトウェアの開発が精力的に行われている.また,実験室の粉末回折装置の線源の高輝度化および検出器の感度向上による測定時間の短縮や, PCの性能向上による計算時間の短縮など,ハードウェアについても改良がなされてきた.一方,放射光は,高輝度,かつ低エミッタンス(低発散)X線を用いることによって,数分間の測定により粉末X線構造解析が可能な粉末回折データを収集することができるが,残念ながら,いまだ単結晶構造解析のように結晶構造を得ることは難しい.しかしながら,光,電場,磁場のような外場因子に応答して構造相転移や電子密度レベルでの変化を生じる場合,外場により崩壊してしまうことの多い単結晶試料に対して,粉末試料によるX線構造解析には大きな利点があり,オペランド測定により得られた情報に基づく構造物性研究が十分可能である.筆者らは, NSLSのX3やX16にて単結晶化が不可能なマグネシウムコンクリート内に生成するChlorartiniteの粉末回折実験を行い,直接空間法により粉末構造解析を行った.明らかになった結晶構造は一次元の空孔を有し,その空孔から水分子が脱吸着することにより生じる結晶格子の伸縮が,コンクリートを劣化させる要因の1つであることを解明した. 14)最近では,蓄電池の蓄放電の様子を多目的セルを開発することにより,粉末回折だけでなく, X線吸収分光やその他のスペクトロスコピーを同時計測することによるオペランド測定が積極的に行われている. 15),16)6.おわりに放射光利用による構造解析は,上述のような精密構造解析,微小結晶による構造解析,オペランド測定による励起,準安定状態の構造解析,粉末X線回折による未知構造解析およびオペランド測定だけでなく,実験室の装置では測定することが難しい不安定,かつ結晶格子の大きい単結晶試料の迅速測定も行われている.また,系統的に合成された多数の単結晶試料のハイスループット構造解析の結果に基づいた分子設計を構築することも可能である.しかしながら,ビームラインに常設されているハードウェアやソフトウェアは,ユーザーフレンドリー化が行われているにもかかわらず,いまだに高度な専門技術が必要であると思われがちであり,放射光実験に対してハードルが高いと日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)図4協奏的研究によるスマートな物質開発研究.(Concerted research for investigation of novel functionmaterials.)迅速な物質開発では,結晶構造解析,分光学,理論計算との連携が鍵となってくる.の声を聞く.確かに精密構造解析や時間分解実験は,測定や解析の方法が煩雑であり,これらの分野を専門とする研究者による測定や解析が必要な場合も多い.しかし,それ以外の実験は,高輝度X線を使うこと以外,実験室での構造解析とさして違いはないので,是非,多くの物質開発の研究者に利用していただきたい.また,歴史的に見ても物質開発は,物性研究者や理論研究者の興味を引くような新規化合物によって新たな展開が生まれることが少なくない.つまり,放射光による結晶構造解析の研究分野においても,新たな化合物の出現により,実験方法,回折理論,解析技術の面で一層の発展を導くことが期待される.さらに,精密構造解析による電子密度分布は,電子の空間分布しか見ることができないので,物性を支配する化学結合に関する理解を深めるためにも中性子,電子スピン共鳴, X線吸収分光や理論計算による電子軌道計算との連携が鍵となってくる.したがって,今後,物質開発研究は,結晶構造解析,分光学,理論計算の研究分野が協奏的な関係(図4)を構築することにより,よりスマートな物質開発を推進することができ,一歩進んだ次元での新たな物質開発の潮流が創られると考えている.文献1)B. E. Warren and W. L. Bragg: Zeit. Krist. 69, 168 (1928).2)R. F. W. Bader: Atoms in Molecules ? A quantum theory,Oxford University Press, New York (1990).3)H. Tanaka, Y. Kuroiwa and M. Takata: Phys. Rev. B 74, 172105(2006).4)N. K. Hansen and P. Coppens: Acta Cryst. A34, 909 (1978).5)D. Jayatilaka and D. J. Grimwood: Acta Cryst. A57, 76 (2001).6)D. M. Collins: Nature (London) 298, 49 (1982).7)N. Yasuda, H. Murayama, Y. Fukuyama, J. E. Kim, S. Kimura,K. Toriumi, Y. Tanaka, Y. Moritomo, Y. Kuroiwa, K. Kato, H.Tanaka and M. Takata: J. Synchrotron Rad. 16, 352 (2009).8)Z. Zhang, M. Sadakane, T. Murayama, S. Izumi, N. Yasuda, N.299