ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No5

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概要

日本結晶学会誌Vol56No5

杉本邦久ビルセルを用いた10 GPaを超える高圧実験では,必然的に試料を封入できる空間は,数十ミクロンスケール以下になるため,微小結晶による構造解析が必須となる.さらに,励起光とX線の透過率の違いが問題となるような光反応の研究においても微小結晶により実験が行える利点は非常に大きい. Mo-V-O系の化合物は,高い選択酸化能を有しておりエネルギー関連の分野で期待されている触媒であるが,近年,北海道大学の上田渉教授,広島大学の定金正洋准教授らが合成した新規Mo-V-Bi酸化物は,実体顕微鏡でようやく確認できる大きさの微小単結晶であった.この微小単結晶(0.0039×0.0032×0.0024 mm)をSPring-8のBL40XUの微小点ビームを用いた測定によって構造解析を行ったところ,ポリ酸を基盤とした細孔をもつ物質であることが明らかになった. 8)この細孔をもつMo-V-Bi酸化物は,触媒機能だけでなく,分子吸着,イオン交換などの機能性材料として,今後の展開が期待される.このように,通常は構造解析を断念するような大きさの結晶であっても結晶構造を決定できることは,合成研究の指針を立てる上でも重要な役割を果たす.4.オペランド測定による励起,遷移,準安定状態の構造の解析放射光によって光,電場,磁場などの外場因子により構造相転移や電子密度レベルでの変化を伴って特異な物性を示す物質では,相転移前後の構造解析することによって,明確に物性の発現を理解することが可能である.さらに,回折現象と励起,準安定状態の電子状態を直接観察できるX線吸収分光を複合的に組み合わせることによりDAFS(Diffraction Anomalous Fine Structure)解析を行うことも可能である. 9)本手法を用いれば長周期構造をもつ系で局所構造に起因する回折線のX線吸収スペクトルを測定することにより,より詳細な電子物性を評価することが可能である.例えば,スピンクロスオーバー錯体は,熱や光,圧力といった外場因子で高スピン状態と低スピン状態の間を行き来させることができる. d電子を6個もつFe(II)錯体では,正八面体型の配位子場中で5つのd軌道が2重縮重したe g軌道と3重縮重のt 2g軌道に分裂する.その際,分裂の大きさが小さい場合にはフント則に従ってスピン角運動量が最大になるように5つの軌道に配置されることでS=2の状態(高スピン状態)を取るが,分裂の大きさが大きくなるとすべての電子がt 2gに入ることで安定化し, S=0の状態(低スピン状態)になる.それぞれの状態下のFeイオンの周りの構造は,配位子場と密接に関係しており,結晶構造および局所構造の電子物性の変調を知ることは物性を理解するうえで大変重要である.国立台湾大学の王瑜教授らは, SPring-8のBL02B1にてスピンクロスオーバーによる低スピン・高スピン状態の構造解析だけでなく,低温領域で照射する光の波長に応じて図3放射光の短パルスX線を用いたポンプ-プローブ法による時間分解実験の概略図.(Schematic view oftime-resolved(pump-probe)experiment using shortpulse of synchrotron X-rays.)外場因子に対して放射光の短パルスX線のタイミングを調節することにより,状態変化の一部のみを切り取った回折シグナルを観測することができる.高スピン状態を生じる光誘起スピン転移(light inducedexcited spin state trapping:LIESST)を起こす鉄錯体の準安定状態(高スピン状態)の構造解析を行った.その結果,多重安定性を有する本スピンクロスオーバー錯体は,分子内・分子間の相互作用に依存していることが明らかになった. 10)また,放射光利用の結晶構造解析では,励起,遷移過程を明らかにするために動的なオペランド測定も大変興味が引かれる研究分野の1つである.物質開発を進めるためには,新規に合成した機能性物質の現象の機構解明が不可欠である.そのためには,現象を素過程に分解して動的解析を行うことが最も直接的な手法と言える.放射光が発生するX線は,パルス光は,サブナノ秒の時間分解能を有し,時間スケールとしては,磁化ダイナミクスなどの時間分解実験が可能である.放射光の短パルスX線を用いたポンプ-プローブ法による時間分解実験の概略図を図3に示す.ポンプ-プローブ法では繰り返し可能な物質に対して,光,電場などの外場因子(ポンプ)のトリガーパルスに応答した状態変化を,シングルバンチあるいはパルスセレクターで切り出された数十ピコ秒の短パルスX線をプローブとして回折現象やスペクトロスコピーの計測が可能である. 11)東京大学の星野学特任研究員らは,これまでに,フォトンファクトリーのAR-NW14Aにて放射光の短パルスX線を用いたポンプ-プローブ時間分解実験により,有機光触媒の1つである9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンが光触媒として働く瞬間の単結晶構造解析による分子構造の直接観察12)に成功した.また,広島大学の黒岩教授,森吉准教授らは, SPring-8のBL02B1にて高電圧パルス電場によって生じる強誘電体BaTiO 3の単結晶の電場誘起により発現するBaTiO 3の電場誘起歪の動的な圧電応答現象のメカニズムを明らかにした. 13)5.粉末X線回折による構造解析とオペランド測定新規機能性材料の探索において,最初に得られる化合物298日本結晶学会誌第56巻第5号(2014)