ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No1

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日本結晶学会誌Vol56No1

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概要

日本結晶学会誌Vol56No1

杉本邦久,藤原明比古,上町裕史,前川雅彦2.4共結晶体の熱力学的評価ブロック状結晶の共結晶体に存在する環状S 6分子について,熱力学的測定の見地からも安定性の検証を行った.これまでに単一で結晶化された大気中で不安定なオレンジ色の環状S 6分子は, Schmidt 24)およびMeyer 25)らによって323 Kで崩壊することが報告されている.本来ならdpdtiのヨウ化物の再結晶後,ブロック状および針状結晶を完全に分離することが望まれるが,正確に取り分けることが困難であったため,両者の混合物のTG-DTA測定を行った.その結果,重量減少は,約350 Kから始まり,環状S 6分子の熱分解に起因すると考えられる吸熱ピークは446 Kに観測された.今回,見出した共結晶中に存在する環状S 6分子の熱的安定性は,共結晶化することにより,崩壊する温度が少なくとも123 Kも上昇したことを示している.3.おわりにこれまでの硫黄に関する研究では,硫黄が多彩な酸化状態が存在し,かつ多くの同素体を有するため,戦略的に物性を制御することは困難とされてきた.今回,見出した共結晶体が構築されることによって,大気中で不安定な環状S 6分子が分子構造および電子状態を変化させることなく安定化することが明らかになった.本研究では,数日間で崩壊する環状S 6分子を共結晶化することにより,半年間以上も安定にできたことを示している.また,熱的安定性についても,共結晶化によって,環状S 6分子が崩壊する温度を少なくとも100 K以上も高温側にシフトできることがわかった.環状S 6分子が安定に存在する理由の1つとして挙げられるのは,隣接する分子との相互作用が考えられる.自己集積化による環状S 6分子と隣接する分子との近接原子間距離は,ファンデルワールス半径の和より短かった.一方,ゼオライトの空孔中に存在する環状S n分子も,安定性を示すことが報告されている. 26)共結晶中の環状S 6分子は,結果的にdpdtiカチオン,ヨウ素アニオン・分子に取り囲まれ隔離されることにより,隣接の環状S 6分子との反応が進まず安定化したことが示唆される.ファンデルワールス力のような弱い分子間相互作用により構築される共結晶体は,本研究で示すとおり,多くの同素体をもつような硫黄であっても,物質の安定性などの物性を変化させることが可能である.実際に,医薬品原末の物性制御においても,共結晶体の構築は,主となる物質の分子の構造を変えることなく,溶媒和エネルギーを変化させることによって,安定性や溶解性などの物性制御をできる点で注目されており,今後の展開が期待される.所の共同研究によるもので,物質合成および物性測定をシームレスにカバーする共同研究体制と先端放射光計測基盤の活用によって推進されました.研究に携わったスタッフと学生諸氏に感謝いたします.単結晶構造解析に用いたX線回折データは, SPring-8 BL02B1単結晶構造解析ビームライン(課題番号2011B1345, 2011B1337, 2011B1882,2012A1652)で取得したものです.また,本研究は,科学研究補助金基盤研究(C),若手研究(B)の支援を受けて行いました.文献1)G. R. Desiraju, P. S. Ho, L. Kloo, A. C. Legon, R. Marquardt,P. Metrangolo, P. Politzer, G. Resnati and K. Rissanen: PureAppl. Chem. 85, 1711 (2013).2)R. Steudel: Top. Curr. Chem. 230, 1 (2003).3)R. S. Laitinen, P. Pekonen and R. J. Suontamo: Coord. Chem. Rev.130, 1 (1994).4)B. Meyer: Chem. Rev. 76, 367 (1976).5)R. Steudel: Studies in Inorganic Chemistry, Vol.5, Elsevier,Amsterdam (1984).6)R. Steudel: The Chemistry of Inorganic Homo- and Heterocycles,Vol.2, Academic Press, London (1987).7)R. Steudel: Ind. Eng. Chem. Res. 35, 1417 (1996).8)B. Meyer: Chem. Rev. 76, 367 (1976).9)N. N. Greenwood: Chemistry of the Elements, Second Edition,Butterworth-Heinemann, Oxford, UK (1997).10)N. W. Luft: Monatsh, Chem. 86, 474 (1955).11)J. Steidel, J. Pickardt and R. Steudel: Z. Naturforsch. B 33, 1554(1978).12)I. Shibuya: Nippon Kagaku Kaishi 3, 389 (1979).13)A. W. Hofmann: Chem. Ber. 2, 645 (1869).14)K. Sugimoto, H. Ohsumi, S. Aoyagi, E. Nishibori, C. Moriyoshi,Y. Kuroiwa, H. Sawa and M. Takata: AIP Conf. Proc. 1234,887 (2008).15)K. Sugimoto, H. Uemachi, M. Maekawa and A. Fujiwara: Cryst.Growth Des. 13, 433 (2013).16)H. Uemachi, Y. Iwasa and T. Mitani: Electrochimica Acta 46, 2305(2001).17)H. Uemachi, Y. Iwasa and T. Mitani, Chem. Lett. 29, 946(2000).18)J. L. Flippen: J. Am Chem. Soc. 95, 6073 (1973).19)B. K. Teo and P. A. Snyder-Robinson: Inorg. Chem. 18, 1490(1979).20)J. Cioslowski, A. Szarecka and D. Moncrieff: J. Phys. Chem.105, 501 (2001).21)R. Steudel: Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 14, 655 (1975).22)R. Steudel: Top. Curr. Chem. 102, 149 (1982).23)A. Bondi: J. Phys. Chem. 68, 441 (1964).24)M. Schmidt: Angew. Chem. 83, 474 (1973).25)B. Meyer: Chem. Rev. 64, 429 (1964).26)Y. -H. Yeom, S. -H. Song and Y. Kim: Bull. korean Chem. Soc.16, 823 (1995).謝辞本稿で紹介した研究は,高輝度光科学研究センター構造物性Iグループ,㈱ポリチオン,近畿大学理工学総合研究52日本結晶学会誌第56巻第1号(2014)