ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No1

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日本結晶学会誌Vol56No1

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概要

日本結晶学会誌Vol56No1

杉本邦久,藤原明比古,上町裕史,前川雅彦は,常温で徐々に環状S 8と環状S 12の分子構造に相転移する不安定な物質である.この環状S 6分子から環状S 8分子への転移はリバージョンと呼ばれ温度依存性があり,リバージョンの速度は,アレニウスの式に従う.これまでの環状S 6分子に関する研究では,その分子構造は2, 3日で崩壊することがSteudelら12)により報告されている.今回,筆者らのグループは,大気中で不安定であり,数日間で崩壊してしまう環状S 6分子が共結晶化により長期間安定に存在することをX線構造解析の知見に基づいて検証を行った.さらに,この共結晶体中の環状S 6分子は,単体の環状S 6分子により構築された物質(結晶)と比較することにより,熱的な安定性についても検証を行った.2.安定な環状S 6分子2.1環状S 6分子を含む共結晶体の合成大気中で不安定な環状S 6分子の安定化は, 3,5-ジフェニル-1,2,4-ジチアゾール-1-イウム(dpdti)のヨウ化物の共結晶体中に見出した. dpdtiのヨウ化物は,渋谷12)およびHofmann 13)らの方法によって合成した.チオベンズアミドをヨウ素ベンゼン溶液で還流することにより析出したdpdtiのヨウ化物の固体粉末を精製するためアセトニトリルに溶解し再結晶化を行った.その結果,図1に示すような黒色の針状結晶とブロック状結晶の2種類の結晶が存在することが確認された.それぞれの単結晶試料は,放射光X線構造解析により結晶構造を決定した.2.2放射光X線回折による構造解析再結晶化により得られたブロック状結晶は,チオベンズアミドをヨウ素で酸化する過程で脱硫した環状S 6分子が共結晶体として自己集積化により取り込まれた物質であり,針状結晶は,環状S 6分子を含まないdpdtiのヨウ化物であることがX線構造解析により明らかになった.それぞれ結晶構造には,非常に複雑な構造の乱れが存在していたため,大型放射光施設SPring-8の単結晶構造解析ビームラインの大型湾曲IPカメラを用いて放射光X線回折実験を行った. 14) X線構造解析の精密化は,いずれの結晶についてもd ? 0.4 Aの分解能を有するデータにより原子座標および占有率の決定を行った.結晶構造解析により明らかになったブロック状および針状結晶の分子式は,[(dpdti)2]{(I)1.96(I2)0.96(I3)0.04}・{(S6)0.96(I2)0.04}および[dpdti](I3)であり,組成はX線構造解析の占有率パラメータを精密化することによって見積もった.これらのブロック状および針状結晶の結晶学的データや結合距離および角度の詳細は,原著論文に記述されているので参照していただきたい. 15)2.3共結晶体の結晶構造ブロック状結晶は,環状S 6分子, dpdtiカチオン,ヨウ素アニオン・分子により構成されていた.図2にその分子構造のORTEP図を示す.ブロック状結晶を構成するdpdtiカチオンは電池正極材料16),17)として注目されているが,この分子内のN-C-S-S-Cの五員環および2つのベンゼン環は,それぞれN-C-S-S-Cの五員環の平面に対して,7.95(2)°および4.630(12)°であり,ほぼ平面構造を維持していた.これまでに報告されたdpdti分子を部分構造とする有機化合物のN-C-S-S-Cの五員環は,正電荷が非局在化していることから,同様に, dpdti中のN-C-S-S-Cの五員環状でも,正電荷が非局在化していることが示唆される. 18)また,N-C-S-S-Cの五員環中のS-S結合の距離は2.0191(3)Aであり,同じ結晶構造中の環状S 6分子のS-S間距離よりも短い.S-S結合のHOMO近傍の分子軌道は,図1dpdtiヨウ化物を再結晶したときに得られたブロック状および針状結晶の写真.(Photographic imgageof brock and needle crystal after recrystallizationof dpdti idoide.)図2ブロック状結晶中の環状S 6分子およびdpdtiヨウ化物の分子構造のORTEP図(ディスオーダーしているヨウ素分子は,見やすくするために省略).(ORTEP view of X-ray crystal structure of cyclohexasulfurand dpdti iodide molecule;disorderediodine is omitted for clarity.)50日本結晶学会誌第56巻第1号(2014)