ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No1

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日本結晶学会誌Vol56No1

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日本結晶学会誌Vol56No1

ポストペロブスカイト型化合物CaIrO 3の磁気構造図9計算により得られた,磁気散乱とATS散乱のA係数依存性.(The calculated intensity ratio of the magneticand ATS scattering as a function of the A coefficient.)状態| c>はL 2吸収端およびL 3吸収端に対応してイリジウムの2p 1/2および2p 3/2いずれかの軌道である.式中に現れる行列要素は, Wigner-Eckartの定理を援用することで露わに書き下すことができる.こうして得た原子散乱因子テンソルを2つのイリジウムサイトに関して足し合わせることで, 0 0 5反射の強度をAの関数として求めることができる.その結果は,IIIImagmagATSATS( L2)L34( A 1)( A ?2A?2)( ) = ?2 24( L2)1 A 1( L3) = ( ? )4 A + A?2( )2 2となる.ここで, I mag, I ATSはそれぞれ磁気反射, ATS反射である.これらの式を図示した図9を見ればわかるように, Aの値が大きくなるにつれ吸収端依存も大きくなる.この理論式を実験結果と照らし合わせることで, Aの値に制限を与えることができる.実験事実としては, L 2吸収端では磁気反射とATS反射を観測することができなかったが,ノイズの大きさからシグナルの上限を見積もることができる.磁気反射からも可能なのであるが, ATS反射からより厳しい制約を与えることができ,実験結果I(L2)/I(L3)<0.03%からA>0.89が導かれる.一方で,八面体がつぶれているという事実から,A<1の制約をかけられる.以上より,波動関数は0.89<A<1の領域にあり,スピン軌道相互作用が強い極限であるJ eff=1/2に近い軌道状態が実現していると結論できる.3.5量子コンパス型相互作用の実証こうして5d軌道の1個のホールがJ eff=1/2軌道に収められていることが確認され, CaIrO 3において量子コンパス型相互作用を議論する下地ができた. J eff=1/2状態における超交換相互作用の理論を復習すると, IrO 6八面体が頂点共有によって繋がっている場合(180°ボンド)には反強日本結晶学会誌第56巻第1号(2014)磁性的Heisenberg型相互作用が, IrO 6八面体が稜を共有して繋がっている場合(90°ボンド)には強磁性的量子コンパス型相互作用が働く.実験から得られた磁気構造を見てみると,頂点共有方向に反強磁性的に,稜共有方向に強磁性的にスピンが揃っており,理論の予言と完全に合致している.さらに, c軸を向いた反強磁性スピンがわずかにb軸にキャントしていることも,量子コンパス型相互作用に基づき理解できる.すなわち,量子コンパス型相互作用によりエネルギー利得を稼ぐためにスピンは異方性主軸へ向こうとしており,単位格子内の2つのイリジウムサイトで異方性主軸が異なるために結果的にキャントすると解釈されるのである(図4). Ir 4+の磁気モーメントが1μBであると仮定すると,スピンのキャント角は~4°と推察され,異方性主軸がc軸となす角度α~23°より小さいものになっている.これは単位格子内の2つのスピンを,平行に揃えようとする頂点共有方向のHeisenberg型相互作用と,傾けようとする量子コンパス型相互作用との拮抗に起因していると理解される.4.おわりに本研究では,共鳴X線散乱実験を実施することで,CaIrO 3の磁気構造がストライプ型であることを明らかにした.この磁気構造は, J eff=1/2状態における超交換相互作用に基づいて完全に理解され,これにより量子コンパス型相互作用を実証することに成功した.本稿の末尾に,われわれの研究結果から広がる将来展望を述べたい.第1に,共鳴非弾性X線散乱を用いて量子コンパス型相互作用に関する知見を深化させるという方向性が考えられる.近年,硬X線領域における共鳴非弾性X線散乱実験は長足の進歩を遂げており,エネルギー分解能が25 meVに達している.すでにいくつかのイリジウム酸化物に適用されており,スピン波や軌道励起が観測されている. 10) CaIrO 3で共鳴非弾性X線散乱実験を実施すれば,スピン波の観測を通して超交換相互作用の値を決定することができる.理論の予言どおりJ 1<J 2であるならば,一般に稜共有方向に相関が強いというt 2g電子系の常識を覆すことに繋がる.また,軌道励起の観測から, J eff=1/2状態に関してより詳細な情報を得ることが期待される.第2に,量子コンパス型相互作用を用いた新しいスピン液体の開発が挙げられる.近年の数理科学分野での著しい発展の1つとして, Kitaev模型の研究が挙げられる.蜂の巣格子上のスピン間に量子コンパス型相互作用が働いた場合,基底状態がスピン液体であること,素励起がエニオンであることが厳密に解かれている. 11)この理論提案を受けて,イリジウム酸化物A 2IrO 3(A=Li, Na)の研究が活発に行われている. 12) Kitaevスピン液体は量子コンピュータへの応用も可能であり,今後の研究展開が期待される.第3に,量子コンパス型相互作用を用いた永久磁石の開41