ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No1

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日本結晶学会誌Vol56No1

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日本結晶学会誌Vol56No1

ポストペロブスカイト型化合物CaIrO 3の磁気構造図7共鳴X線散乱実験の実験配置とその遷移過程の模式図.(Schematic views of the experimental configurationsand the resonant scattering process at the L 3 edge.)重縮退したe g軌道に分裂している. 5d電子系では配位子場分裂がHund結合よりも大きいため,すべての5d電子がt 2g軌道に収容される(図5).見方を変えればt 2g軌道に1個のホールが生じた状態とも言える. t 2g軌道は5d電子系における強いスピン軌道相互作用のため,さらにJ eff=1/2, 3/2軌道に分裂し,ホールはこうして形成されたJ eff=1/2軌道を占有していることが期待される(後に詳述する).ホールは強い電子間相互作用のため局在しており,電荷ギャップ0.17 eVで特徴付けられるMott絶縁体である. 5)イリジウムはac面内にて擬二次元的な長方形格子を形成しており, J eff=1/2スピン間には酸素を介する超交換相互作用が働いている.そのため, 115 K以下の低温で磁気秩序を示す(図6a).磁気秩序相ではb軸方向に0.07μB/Irの弱い強磁性を伴っており,したがってスピンがキャントした反強磁性相であることが類推される.結晶構造を思い起こすと, a軸方向にはIrO 6八面体が稜共有しているのだからIr-O-Ir結合角が90°に近く, c軸方向にはIrO 6八面体が頂点共有しているのだからIr-O-Ir結合角が180°に近い.つまり,この物質の低温磁気構造を決定することで, J eff=1/2状態における超交換相互作用,特に量子コンパス型相互作用に関する知見を得ることが可能だと期待される.3.2共鳴X線散乱反強磁性相の磁気構造を決定するためには,従来は中性子線を用いた回折実験が実施されてきた.しかし,中性子を吸収する性質を有するイリジウムを含むCaIrO 3には適用することが難しく,実際,粉末中性子回折実験では核散乱しか観測できなかった.そこで, X線を用いた回折実験を行うことにした. X線は電磁波の一種であり一般にスピンとの相互作用は弱いものの,波長を磁性元素の吸収端に合わせることで磁気反射の強度を共鳴的に増大させることができる.特にイリジウムなどの5d電子系では,内殻の2p軌道から価電子の5d軌道への遷移に相当するL吸収端で実験を行うことが有効であることが,最近の研究より明らかになってきた. 5d電子のL吸収端は, 1電気双極子活性であるため遷移確率が大きい, 2中間状態で磁性を担日本結晶学会誌第56巻第1号(2014)う5d軌道に電子が励起されるため磁気散乱を観測しやすい, 3波長が~1 Aであり典型的な酸化物の格子定数と同程度である,という5d遷移金属酸化物の磁気構造解析を実施するうえでのメリットがある.共鳴X線磁気散乱実験を実施するためには,波長可変かつ大強度のX線源である第3世代の放射光施設を用いることが必須となる.本研究では, SPring-8 BL19LXUで実験を行った.*3具体的な実験配置を図7に示している.入射X線はσの偏光を有しており,反射X線の偏光(σ’,π’)は,グラファイトの0 0 8反射を用いて解析した.アジマス角(Ψ)の原点は,入射偏光σがa軸に平行になる際にゼロとなるよう定義した.なお,共鳴X線散乱による5d電子系の磁気構造解析の詳細に関しては,過去の解説記事を参照されたい. 6),7)3.3磁気構造図8にイリジウムのLエッジ近傍における,室温の吸収スペクトルと10 Kの0 0 5反射のエネルギー依存性を示す. L 3吸収端で0 0 5反射が共鳴的に増大することがわかる.結晶学的に禁制である0 0 5逆格子点における反射の起源として,イリジウムのJ eff=1/2スピンの磁気秩序が考えられるが,ただちにそう結論付けることはできない.というのも,イリジウムサイトの非等方的な電荷分布に起因するATS(Anisotropy of the Tensor of Susceptibility)散乱も0 0 5反射を生み出しうるからである.ATS反射をCaIrO 3に即して概観する. CaIrO 3においてイリジウムは4aサイトを占めており,空間群がC底心であることに由来する重複を除くと,基本単位格子に2つのイリジウムサイトが存在する(図4で1, 2とラベルした).IrO 6八面体は,頂点共有方向を主軸とする正方晶歪により潰れている.したがって, d軌道の電子雲も立方対称性を失っており,原子散乱因子テンソルは異方的になる.重要なのは, 2つのイリジウムサイトのIrO 6八面体の正方晶歪の主軸がc軸から±α(~±23°)だけb軸に傾いており,互いに相違している点である.その結果,原子散乱因*3低温における結晶構造変化を調べることを主な目的とした実験をSPring-8 BL02B1で実施した.詳細は原論文を参照されたい.39