ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No1

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日本結晶学会誌Vol56No1

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日本結晶学会誌Vol56No1

ポストペロブスカイト型化合物CaIrO 3の磁気構造にある.しばしば,「磁石を割ると2つの磁石が生じ,これを繰り返した極限でスピンになる」と言うが,これは「無限小のスピンが無限個集まって,有限サイズの磁石ができている」ことを意味している.本稿では,スピン間であるにもかかわらず,あたかも磁石間であるがごとくコンパス型相互作用が働く例を紹介する.量子スピン間に働くコンパス型相互作用は,「量子」コンパス型相互作用と呼ばれている.こうした相互作用は,理論的にはよく調べられてきたものの,実際の物質中で作用していることが証明された例はなかった.以下では,われわれがポストペロブスカイト型イリジウム酸化物CaIrO 3において見出した量子コンパス型相互作用の詳細を紹介する. 1)2.量子コンパス型相互作用の理論図2Cu 2+イオン間の超交換相互作用.(Superexchangeinteraction between Cu 2+ ions.)(a)Cu-O-Cu結合角が180°の場合は反強磁性的Heisenberg型相互作用が働く.(b)Cu-O-Cu結合角が90°の場合は強磁性的Heisenberg型相互作用が働く.スピン間相互作用の微視的起源は,長年にわたり研究されてきた.絶縁体におけるスピン間相互作用としては,超交換相互作用が基本的なものである. 2)その微視的メカニズムは,クーロン斥力によりある原子に局在した電子が,隣接する原子に仮想的に飛び移る過程において,摂動論的にエネルギー利得を獲得するという機構である.特に,本研究で対象としている遷移金属酸化物における超交換相互作用を,実例に即して復習することにしよう. Cu 2+イオンを念頭に置き, d x2-y2軌道に電子が1つだけ詰まっている場合を考える(以下ではd x2-y2軌道をx 2 -y 2軌道と略記する).はじめに, Cu-O-Cu結合角が180°の場合から考える(図2a).初期状態は,左右どちらのx 2 -y 2軌道にも1つの電子があり,酸素のp x軌道に2つの電子が詰まった状態である.この状態から,酸素p x軌道のダウンスピンが左側のx 2 -y 2軌道に飛び移り,アップスピンが右側のx 2 -y 2軌道に飛び移り,その後に逆過程を経て元の状態に戻る.こうした摂動過程により, Cu 2+イオン間には反強磁性的なHeisenberg型相互作用が生じる.次にCu-O-Cu結合角が90°の場合を考える(図2b).この場合,左のx 2 -y 2軌道と結合するのは酸素のp y軌道,右のx 2 -y 2軌道と結合するのは酸素のp x軌道となる. p x軌道とp y軌道のスピン間にはHund結合が働くため, Cu 2+イオン間には強磁性的なHeisenberg型相互作用が生じる.このように,超交換相互作用は, d軌道の対称性や結合角に大きく依存するという特徴を有している.最近,超交換相互作用に関する理論的研究で大きな発展があった. 3)それは, Ir 4+イオンで実現するJ eff=1/2と呼ばれる複素軌道に電子が詰まっている場合,量子コンパス型相互作用が生じるというものである.その理論の概要に触れたい.はじめに, J eff=1/2軌道とは1?±>= xy±>±yz > + i zx >3( )で表されるものである.*2ここで, | xy±>はxy軌道のアッ図3Ir 4+イオン間の超交換相互作用.(Superexchange interactionbetween Ir 4+ ions.)(a)Ir-O-Ir結合角が180°の場合は反強磁性的Heisenberg型相互作用が働く.(b)Ir-O-Ir結合角が90°の場合は強磁性的量子コンパス型相互作用が働く.プスピン(+),ダウンスピン(-)状態を意味している. 3つの軌道(xy, yz, zx)が係数に虚数iを含む形で複雑に結合しており人為的な軌道状態に感じるがそうではない.立方対称場におけるt 2g軌道の角運動量L=1とスピン角運動量S=1/2が,スピン軌道相互作用により結合することで自然に生じるJ eff=1/2, 3/2軌道の片割れに相当している.Ir-O-Ir結合角が180°の場合,図3aに示すようにxy軌道が酸素のp y軌道を介する経路とzx軌道が酸素のp z軌道を介する経路の2つが存在し,その和としてHeisenberg型相互作用H Heisenberg=J 2S 1・S 2(J 2=16t 2 /9U)が生じる.一方,Ir-O-Ir結合角が90°の場合,図3bに示すようにzx軌道とyz軌道が酸素のp z軌道を介する2つの独立した経路が存在するが,それぞれの寄与が干渉するためこれらのプロセ*2 J eff=1/2状態は,スピンモーメント1/3μBと軌道モーメント2/3μBからなる1μBの磁気モーメントを有している.m m 37日本結晶学会誌第56巻第1号(2014)