ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No1

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概要

日本結晶学会誌Vol56No1

坂田誠学会が果たした貢献の大きさを書き記しても良いのですが,幸い結晶学会では1989年に「日本の結晶学―その歴史的展望―」と題した本を出版しており,世界結晶年に合わせて同書の続編を「日本の結晶学(Ⅱ)―輝かしき発展―」として刊行することになっております.その副題が示すように日本における結晶学の歴史的展望および輝かしき発展が,具体的に書かれていますので,わが国におけるこれまでの歴史的経緯は,そちらに譲ることにし,ここでは結晶学にまつわる個人的な経験を述べさせてもらいます.私は,大学院の博士課程を東大物性研中性子グループの星埜研で過ごしました.隣は,構造化学で有名な斎藤喜彦教授の研究室でした.斎藤研は,結晶構造解析を精力的に行っている研究室でしたが,その当時,斎藤研の学生の間では,修士号を取るためには未知構造を1つ,博士号を取得するには未知構造を3つ解く必要がある,と言われていたのを記憶しています.複雑なタンパク結晶の構造解析ではなく,比較的簡単な構造をした結晶でしたので,今の技術ならば, 2~3日で済んでしまうことだと思います.これほどまでに,結晶学は進歩を遂げました.正に「輝かしき発展」の成果なのですが,このことは結晶学のフロンティアを大きく変えたのだと思っています.結晶構造解析が,大変困難な時代には,誰の目にも見えていた結晶学自身を進化あるいは深化させる方向性は,今は見え難くなっているのかなと思います.もう1つ述べたいことは,“Early days in macromolecularcrystallography”についてです.この言葉は, 1912年12月16日にオーストラリア・アデレードで開催されたThe BraggCentennial Symposiumで話されたBrian Matthews教授の講演タイトルです.講演内容は, Acta Cryst. Aの記事になっています. 1)正式なタイトルは,“The Bragg Legacy”が前についていて, Braggゆかりの講演になっています.タンパク質結晶学が専門でない私にとっては,タンパク結晶学の初期のころの話が直接聞けたので,大変印象深く,そしてある種のインパクトのある講演でした.そのインパクトというのは, X線結晶学が誕生したきわめて初期のころから,タンパク質の構造解析を志した人達がいたということです.本学会誌50周年記念号に掲載された坂部夫妻の記事2)によると,「当時タンパク質は不定形をした「コロイド」と見なす考えが主流を占めていた」そうです.当時の未熟な実験技術・解析技術にもかかわらず, X線回折により,タンパク質の構造を明らかにしようとした人達がいたということに,大変驚きました.このような努力が,1962年のJ. C. KendrewとM. F. Perutzによるノーベル化学賞に繋がったのですが,最初にタンパク質のX線回折写真の撮影に成功してから, 28年後のことのようです.100年の歴史をもつ近代結晶学の発展には,それぞれの分野で,多くの語り継ぐべき物語があるように思います.日本における結晶学の歴史は,幸い学会活動の一環として, 2冊の成書に纏められることになりました.学会誌における特集号では,過去の成果だけでなく,これから結晶学が進むべき方向性についても,是非,それぞれの執筆者のお考えを示して欲しいと思っています.歴史的展望とこれまでの輝かしき発展は,「日本の結晶学」の方に委ねることにして,学会誌の特集では,結晶学の将来を展望する場になると良いのではないかと思っています.そこで,私も結晶学の展望を書いてみます.3.これからの結晶学結晶学の将来について,私なりの考えを簡単に書くことにしますが,ここでは,構造科学として幅広いスタンスで,書いてみます.将来というよりも現在進行形なのかもしれませんが,確実なこととしては,タンパク質の結晶構造解析がこれからも,今まで以上に発展していくことだと思います.これからも,この分野でノーベル賞が出る可能性は非常に大きいもので,非常に大きなエネルギーを蓄えている分野だと思います.極端条件下における構造解析は,放射光・ダイヤモンドアンヴィル・レーザー加熱などの進歩により,地球の中心までの温度・圧威力条件を実験的に可能にしました.今後はさらなる高密度状態での物質の構造が明らかにされるような方向に発展していくものと思います.物質の構造が,ある刺激に対してどのような時間発展をするのかというような時間分解の構造解析は,ピコ秒あるいはそれ以下の時分割測定も大きな発展をするものと思います.時分割測定と関連しているのだと思いますが,励起状態での物質の構造決定は,励起状態にある分子などのpopulationの問題があるので,どのようなケースでも可能になるという訳にはいかないと思いますが,そのような解析に適した特殊な物質を見出し,進展していくように思います.これらのことは,すでに始まっているので,未来を予想したとは言い難いですが,今後もっと大きな流れとして進んでいくと思います.以上の流れを助けるものとして,光源・検出器を含む観測技術の発展が,今後ますます重要になっていくことでしょう.本号の特集は,このようなことの最たるもので, LCLS,SACLAの出現により,今まさに大きな変革が起きようとしています.結晶学の専門家としては,新たな解析手法を見出すなどの方法により,このような流れを大きな流れにできる可能性があるのではないかと思います.結晶学の黎明期にタンパクの構造を解こうと思ったということが,今日ではどのようなことに相当するのだろうか,と想像してしまいます.その思いの強さは,想像に難くありません.これからの結晶学を考えるとき,研究手段が何もかも揃った現在だからこそ,その思いにおいても負けることのないようにしたいものです.文献1)B. W. Matthews: Acta Cryst. A69, 34 (2013).2)坂部知平,坂部貴和子:日本結晶学会誌42, 313 (2000).2日本結晶学会誌第56巻第1号(2014)