日本結晶学会誌Vol55No3

日本結晶学会誌Vol55No3 page 58/82

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概要:
日本結晶学会誌Vol55No3

北所健悟,西村昂亮,神谷重樹,堀口安彦enterotoxin:以下, CPEと略す)という毒素タンパク質を産出する. 2) CPEは腸管上皮細胞の細胞膜に傷害を起こして細胞を死に至らしめる.これが食中毒時の下痢や腹痛の原因となると考えられている.1.3食中毒病原因子CPEについてCPEは319残基からなる分子量35,317 Da,等電点4.3の易熱性タンパク質で, pore-forming toxin(孔形成毒素)として機能し, 2つのドメインからなるいわゆるAB毒素(Active & Bindingの両ドメインを有する毒素)である. 3)-5)すなわち,その作用機構は,細胞表面への結合(C末側受容体結合ドメイン)と, 6),7)その後の膜孔形成による細胞の形態変化(N末側細胞障害ドメイン)の2段階に分けられる. 8) C末端側122残基についてはすでに立体構造が決定されている. 9) CPEが結合する受容体は,上皮系細胞の細胞膜上にあるタイトジャンクションを形成するクローディン(Claudin;以下, Cldnと略す)である. 7),10)-12) Cldnは,細胞間バリアの中枢をなす細胞接着に必要な22 kDaからなる4回膜貫通型タンパク質で, 4つの膜貫通領域と2つの細胞外領域を有する. 2つの細胞外領域は, 54残基の第1ループと23残基の第2ループからなる. CPEが24種類あるうちのCldn-3/4の第2ループに結合し,細胞膜内へ侵入する.受容体であるCldnへの結合にはTyr306, Tyr310,Tyr312, Leu315が必須であることがわかっている. 13)-15)CPEがヒトに対して食中毒を発生させる機構は, 1標的細胞への取り付き, 2細胞膜上での多量体化, 3細胞膜への孔形成,という三段階で構成されていると考えられている, 16)最初の段階として, CPEはまず,標的となる腸管上皮細胞上に存在する細胞間接着分子であるClaudinの細胞外第2ループと特異的に結合することにより,標的細胞に取り付く. 17)細胞に取り付いたCPEは,次に細胞膜上で多量体を形成する.多量体形成後, CPEは細胞膜に孔を形成し,細胞内にCa 2+を流し込むことにより,標的細胞の細胞死を誘発する(図1). 3) CPEの受容体であるClaudinはさまざまな細胞で発現しており,そのためCPEはDrugderivery system(DDS)への応用が検討されている.また,Claudinは特定のガン細胞上で発現量が増加しており,こ図1 CPEの作用機序の模式図.(Schematic representationof the CPE action. CPE binds certain Claudins.)のことからCPEは抗がん剤への応用も期待されている. 18),19)これらの理由から, CPEに関する基礎研究は数多く行われてきた.そしてCPEの作用機構は上記のように,受容体結合のメカニズムが解明されている.一方,多くの膜孔形成性毒素が,細胞膜に存在するコレステロールなどの脂質を受容体とし,広範囲の細胞種に作用するのに対して, CPEは,腸管,腎臓,肝臓などに由来する上皮系細胞にのみ作用することが知られている. CPEには,1)アミノ酸配列上,ほかの膜傷害性毒素との相同性は認められない.2)Cldnのみを受容体として認識する.3)CPEによる膜傷害はイオンなどの低分子の透過性を亢進させるカルシウムイオン非依存性の膜傷害と高分子の透過を可能にするカルシウムイオン依存性の膜傷害の2段階に分けることができ,細胞外液中にカルシウムイオンが存在しないと高分子の透過は起こらない.というほかの膜傷害性毒素とは明確に異なる特徴があり,このためCPEは既存の膜傷害性毒素のいずれのグループにも属さず,その膜孔形成のメカニズムが不明である.また細胞毒性を発揮する際に起こる多量体形成に必要な領域が細胞毒性領域であり,中でもAsp48は多量体化に必須の残基である, 16)膜孔形成領域は疎水性残基と親水性残基が交互に並ぶアミノ酸配列を有しており,これはほかの膜孔形成毒素と一致する一次構造上の特徴である.このように,全長CPEの立体構造は解明されていなかったため,分子レベルでの詳細な膜孔形成の作用機構はまだ解明されていない.そこで,全長のCPEの立体構造を決定し, CPEの膜孔形成メカニズムを解明することを目的として, X線構造解析を行い, 2.0 A分解能での構造決定を行うことができた. 20)また得られた構造と既存の膜孔形成毒素との比較から, CPE分子の構造自体が孔形成活性の制御にかかわっていること, CPEが宿主の細胞膜表面で構造変化して作用していることが示唆された.2.CPEの結晶化とX線構造解析CPEは,スクリーニング段階で比較的容易に微結晶を得ることができた.得られた結晶は非常にきれいなダイヤモンド形結晶であった.喜び勇んで放射光施設に向かったが,どれも6 A分解能程度の微弱な反射で,回折データ収集は困難であり,苦闘の日々が数年続いた.クライオ条件や脱水法の導入などの改良を行っても,なかなかいい結果は得られなかった.ただし,この時点でクライオプロテクタントのカクテル使用は行っていなかった.このときの結晶化条件は酒石酸Na, Kを用いた塩による結晶化であったが,後にPEG3350で得られた結晶化条件が分解能の向上を導くものであった.このコンストラクトはN末端側にHisタグをつけたものであったが,構造解析した後で解析するとN末端の35残基は電子密度がまったく見られていなく,これが分解能低下を引き起こす要因であったと224日本結晶学会誌第55巻第3号(2013)