日本結晶学会誌Vol55No3

日本結晶学会誌Vol55No3 page 54/82

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日本結晶学会誌Vol55No3

青柳忍し高いことがわかった.このことより,[Li@C 60](PF 6)では400 Kで,内包されたLi +とPF ? 6の間に引力的な相互作用が, C 60の炭素原子とLi +またはPF ? 6の間に斥力的な相互作用が存在することが示唆された.3.分子配向の秩序化[Li@C 60](PF 6)は, T C=370 Kで相転移を示す. 400 Kから温度を下げていくと, T Cで回折ピークの位置が不連続に変化する一次相転移が観測される.この相転移により,高温のfcc相では観測されない指数hklがすべて偶数,すべて奇数でない回折ピークが,低温相で出現する.低温相は単純立方(sc)構造(空間群はPa3 _)であり,相転移に伴い格子定数は0.7%ほど収縮する.格子定数aの温度変化を図3aに示す.空のC 60の結晶も, 260 Kでこれとよく似た相転移を示す. 12)-14)[Li@C 60](PF 6)と同様に,低温相は格子が収縮したsc相である(空間群はPa3 _).この相ではC 60のほぼ自由な回転運動は停止し, 2種類の分子配向のみが許される.I h対称の理想的なC 60分子は2回軸, 3回軸, 5回軸をもつ.この2回軸が[100]に平行に, 3回軸が[111]軸に平行になるように分子を配置した場合,空間群はFm3 _になる.現実の結晶では, C 60がこの配置から[111]軸(3回軸)に沿って反時計回りにφ=98および38°回転した2つの分子配向が現れる. 2つの分子配向には11.0 meV程度の差があり,φ=98°の分子配向がより安定であるが, 90 K以下でガラス的な共存状態となって完全に秩序化することはない. 5 Kでの2種類の分子配向の存在確率はおよそ8:2である.一方[Li@C 60](PF 6)では,低温相でC 60の回転運動は完全に秩序化している.図2cはMEMにより求められた[Li@C 60](PF 6)の22 Kでの電子密度分布である.低温相でのC 60の分子配向は,空のC 60の結晶で見られるφ=図3[Li@C 60](PF 6)の(a)格子定数と(b)C 60半径の温度変化.(Temperature dependence of(a)lattice constantand(b)C 60 radius of[Li@C 60](PF 6).)98°の分子配向とほぼ同一で,φ=100.9°(22 K)である.300 Kにおいても,これ以外の分子配向は観測されない.C 60の配向の秩序化とともに, PF ? 6の配向も秩序化する.理想的なPF ? 6は正八面体型で, 2回軸, 3回軸, 4回軸をもつ.低温相のPF ? 6は, 2回軸, 3回軸, 4回軸をそれぞれ[110],[111],[100]軸に平行にした配置から,[111]軸(3回軸)に沿って反時計回りに53°回転した分子配向をもつ.4.C 60の歪みと負の熱膨張I h対称の理想的なC 60では,分子を構成する60個の炭素原子はすべて等価なため, C 60の中心から炭素原子までの距離のみで分子構造が決定される.実際,溶液中のC 60およびLi + @C 60の13 C NMRスペクトルは,どちらも単一のピークを示す.一方,[Li@C 60](PF 6)および空のC 60の結晶中では, 60の炭素原子は結晶学的にすべて等価ではなくなり,独立な炭素原子は10ある.もしC 60分子にI h対称からの歪みがなければ, 10の独立な炭素のC 60の中心から原子位置までの距離(rC)は,誤差範囲内で一致するはずである.結晶構造解析で得たr Cから[Li@C 60](PF 6)の結晶中のC 60の歪みを調べた. r Cの最も短い炭素原子は,分子中心からみて[100]に近い方向にあり, r C=3.541(1)A(22 K)である.一方, r Cの最も長い炭素原子は,分子中心からみて[111]に近い方向にあり, r C=3.556(1)A(22 K)である.つまりC 60は[Li@C 60](PF 6)の結晶中で, 3つの主軸方?向にある6つのPF 6陰イオンから圧縮されるように,わずかに歪んでいる.なお, 22 Kでのr Cの平均値(すなわち分子半径)は3.550(1)Aである.この値は,粉末中性子回折で求められた空のC 60の結晶の3.548(6)Aと誤差範囲内で一致する. 12)図3bは, 10の独立な炭素原子のr Cの平均値の温度変化である.この平均値を含め, 10の独立な炭素原子すべてについて, r Cの温度変化には300 K以下で温度の低下に対して長くなる傾向がみられた.つまり[Li@C 60](PF 6)のC 60は,温度の低下に対して体積が増加する負の熱膨張を示す. r Cの平均値から見積もった100 KでのC 60の体積膨張率は,およそ-2×10 ?5 K ?1である. C 60の負の熱膨張は,過去に空のC 60に対する理論計算やAr@C 60のEXAFS測定によっても報告されており,それぞれ,-1×10 ?5 K ?1 ,-5×10 ?5 K ?1と見積もられている. 15),16)なお,[Li@C 60](PF 6)の格子定数の熱膨張率は300 Kから25 Kまで正の値である. 100 Kでの格子の体積膨張率はおよそ6×10 ?5 K ?1である.これはC 60分子の負の熱膨張と相反するが,分子間距離の増大によって格子が熱膨張することを意味している.図3bをみてわかるように, r Cの温度変化量は非常に小さく, 300 Kから20 Kへの温度変化で0.006 A程しか変化していない.この微小なr Cの変化は,空間分解能の高220日本結晶学会誌第55巻第3号(2013)