日本結晶学会誌Vol55No3

日本結晶学会誌Vol55No3 page 52/82

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日本結晶学会誌Vol55No3

日本結晶学会誌55,218-222(2013)最近の研究からLi内包C 60の岩塩型結晶の構造と相転移名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科青柳忍Shinobu AOYAGI: Structure and Phase Transition of Rock-Salt-Type Li@C 60 CrystalFullerene with encapsulated lithium cation, Li + @C 60 , can be regarded as an alkaline cationowing to the spherical shape and positively charged Li + cation. We present the crystal structureand phase transition of a rock-salt-type Li + @C 60 crystal that consists of the freely rotatingLi + @C 60 cations and orientationally disordered PF 6? anions at 400 K. The orientations of theC 60 cages and PF 6? anions are perfectly ordered below T C=370 K, whereas the Li + cationsare thermally hopping within the cages even at 155 K. A gradual localization of the Li +cations at polar two positions in each C 60 below 100 K and a negative thermal expansion ofthe static C 60 are demonstrated.1.はじめに岩塩型結晶構造は,ブラッグ親子によって人類史上初めてX線を使って決定された結晶構造であり,最もよく知られた結晶構造の1つである.説明するまでもないが,岩塩(NaCl)型結晶構造は, Na +陽イオンの面心立方(fcc)格子に, Cl ?陰イオンの面心立方格子を主軸方向に半周期ずらして重ねることで得られる.このとき1個の陽(陰)イオンには, 6個の陰(陽)イオンが正八面体配位する.通常,陰イオンの半径r anionは,陽イオンの半径r cationよりも大きい.イオンを剛体球とみなすと,正八面体配位した陰イオン同士が接触しないためには,イオン半径比がr cation/r anion>0.414(=>0.732(=2-1)である必要がある.ただしr cation/r anion3-1)の場合には,より配位数の多い(8配位)塩化セシウム型結晶構造が安定となる傾向がある.本稿で主題とするフラーレンC 60も岩塩型結晶構造をとり得る.単体のC 60結晶は,室温(300 K)で,球状のC 60分子が最密充填した空間群Fm3 _ mの面心立方構造をとる. 1)よく知られているように, C 60はI h対称をもつサッカーボール型の炭素分子であるが, 300 Kでは結晶中でほぼ自由に回転運動をしており,一様な炭素球殻とみなすことができる.この結晶のC 60分子間の隙間にリチウムやナトリウムなどのアルカリ金属原子をドープすることで,超伝導などを示す多様な構造の結晶が得られてきた. 2) C 60は良好な電子受容体であるため,ドープされたアルカリ金属原子からC 60に電子が移動し,アルカリ金属原子は陽イオンになり, C 60は還元される.アルカリ陽イオンのイオン半径(~1 A)は, C 60のファンデルワールス半径(~5 A)に比べてかなり小さいため,通常,岩塩型結晶構造は現れないが, KC 60など一部の結晶は,高温で岩塩型結晶構造をとる. 3)C 60の結晶は分子間以外に,分子内にも空洞をもつ.分子内に金属原子を内包したフラーレンは,金属内包フラーレンと呼ばれ, MRI造影剤4)や単分子スイッチ5)などへの応用が期待されている.著者らは近年,リチウム陽イオンを分子内に1個内包したC 60(Li + @C 60)が, SbCl ? 6などの陰イオンと対になることで,金属陽イオンによく似た性質を示すことを明らかにしてきた. 6)-8)以前,本学会誌上でも報告したが, Li + @C 60とSbCl ? 6との塩[Li@C 60](SbCl 6)は,層状の結晶構造を有する. 6),7)一方,陰イオンをPF ? 6に置換した[Li@C 60](PF 6)は岩塩型結晶構造をとることが,最近明らかになった. 8)この系は,陽イオンであるLi + @C 60が,陰イオンであるPF ? 6よりも大きな半径をもつところに,大きな特徴がある.さらにLi + @C 60は,通常の陽イオンとは異なり, C 60の回転運動や配向,変形の自由度をもつ上に, Li +のC 60内部での位置や運動にも自由度をもつ.これらの自由度が,温度や圧力などの外場によって変化することで,新しい物性が発現する可能性がある.本稿では,この結晶の構造と相転移について解説する.2.高温相の構造Li@C 60は,リチウムイオンプラズマをC 60の蒸気とともに基板上に照射して反応させることで得られる(プラズマシャワー法).合成されたLi@C 60は,そのままでは各種溶媒に不溶であるが,酸化してLi + @C 60とすることで, SbCl ? 6やPF ? 6との塩の形で単離することができる.このLi@C 60の合成,単離技術はイデア・インターナショナル株式会社の笠間らにより開発・確立された. Li + @C 60?のPF 6塩は,現在同社より製品として販売されている. 9)本研究で用いた[Li@C 60](PF 6)の結晶は,単離された[Li@C 60](PF 6)の粉末試料をCH 3CN:C 6H 5Cl=1:1の混合溶媒に溶解した溶液から,冷蔵庫内でゆっくり析出させ218日本結晶学会誌第55巻第3号(2013)