日本結晶学会誌Vol55No3

日本結晶学会誌Vol55No3 page 50/82

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概要:
日本結晶学会誌Vol55No3

水野伸宏,藤田大士,佐藤宗太,熊坂崇,藤田誠,高田昌樹算すると,ヒストグラムのピーク形状には変化はないものの,全体的に平行移動する.つまり,F(000)の値の見積もりに誤差を含む場合,ヒストグラムのピーク位置は意味をなさないからである.そこで,F(000)の値を同じにした場合について,包接錯体と空錯体のMEM計算をし,ヒストグラムの比較を行ったところ,包接錯体のピーク位置が若干ではあるが,空錯体より高くなっていることが確認されている.これは,包接錯体のほうが高い電子密度である領域が多いことを示しており,ユビキチンの平均電子密度が,錯体の溶媒平均電子密度より高いということからも,タンパク質を包接することを示す1つの指標であると言える.次に,ユビキチンと溶媒が置換されたことを具体的に示すために,各錯体のMEMヒストグラムの差分を計算した.この差分は,実際に置換された体積に由来するものと考えられる.今回の差分ヒストグラムにおける正の成分について体積換算すると,約20,000[A 3],電子数に換算すると,8,000[e]となり,単位格子中に存在するユビキチン2個分の体積,電子数とほぼ一致する.差分ヒストグラムの負の成分についても同様に,電子数については, 4,000[e]となり,取り除かれた単位格子中の溶媒分の電子数とほぼ一致している.さらに,このMEM差分ヒストグラムについてガウシアン近似により波形分離を行ったところ,正のピークは約0.35[e/A 3],負のピークが0.29[e/A 3]となり,それぞれユビキチンや溶媒の平均電子密度と同等であることがわかった.また,波形分離によって得られた正の成分および負の成分,両者について体積換算で約58,000[A 3]となって単位格子中の球状錯体内部の体積約60,000[A 3]とほぼ一致しており,さらに電子量についても正の成分は単位格子辺りのユビキチン包接錯体の溶媒領域電子数に相当する約20,000[e]となり,負の成分も空錯体の溶媒領域電子数とほぼ一致する約17,000[e]となった.したがって,この差分ヒストグラムの波形分離によって得られた各成分は,溶媒空間内の置換に由来するものと考えられる.さらに,特徴的な電子密度値0.35[e/A 3]を等高線として描いた差図6ユビキチンの差電子密度分布(左:0.35 e/A 3)と差電子密度分布を基にしたユビキチンの包接モデル(右).(Difference Fourier map and molecularmodel for encapsulated ubiquitin.)電子密度図では,包接錯体の空隙の中心部にのみピークを観測することができ,ユビキチンが錯体内部に存在することを示している.5.おわりに今回紹介した自己組織化は,思いどおりに設計して複雑な構造をもつ分子を作り出すことができ,分子構造に応じた特徴的なホスト-ゲスト現象により物性を調整できる,新しいものづくりの方法である.今後,使用する配位子やその化学修飾,自己組織化条件などの検討でさまざまなタンパク質のカプセル化が可能になれば,タンパク質の機能制御や構造機能の解析に応用が期待される.例えば,生体内の環境を保ったままタンパク質を単独で捕捉することができれば,結晶化が難しいタンパク質でも,カプセルの構造や性質によって結晶化が可能なため,タンパク質の解析にとって重要な結晶構造解析に革新的な進展をもたらし,創薬・生命科学分野において新しい応用に展開されることがおおいに期待される.また, MEM電子密度ヒストグラム解析法(H-MED)は,籠状金属有機錯体内に包接された分子の存在を示すことができた.一般にこの解析法は,揺らぎによりモデル化が困難な電子密度分布を評価する際に有用だと考えている.しかしながら,現段階ではユビキチンの形は不明瞭である.この問題を解決するには,低角分解能データの精密測定に加え,溶媒コントラスト変調などによる初期位相の精密決定やMEM計算における位相改良法の検討などが必要だと考えている.今後は,これらの点を改良し,広くあいまいな電子密度をもつ物質の解析を目指していきたい.文献1)W. Meng, B. Breiner, K. Rissanen, J. D. Thoburn, J. K. Cleggand J. R. Nitschke: Angew. Chem. Int. Ed. 50, 3479 (2011).2)M. Tominaga, K. Suzuki, M. Kawano, T. Kusukawa, T. Ozeki,S. Sakamoto, K. Yamaguchi and M. Fujita: Angew. Chem. Int.Ed. 43, 5621 (2004).3)D. Fujita, K. Suzuki, S. Sato, M. Yagi-Utsumi, E. Kurimoto, K.Kato and M. Fujita: Chem. Lett. 41, 313 (2012).4)D. Fujita, K. Suzuki, S. Sato, M. Yagi-Utsumi, Y. Yamaguchi,N. Mizuno, T. Kumasaka, M. Takata, M. Noda, S. Uchiyama, K.Kato and M. Fujita: Nature Commun. 3, 1093 (2012).5)M. Takata, B. Umeda, E. Nishibori, M. Sakata, Y. Saito, M.Ohno and H. Shinohara: Nature 377, 46 (1995).6)C. -R. Wang, T. Kai, T. Tomiyama, T. Yoshida, Y. Kobayashi,E. Nishibori, M. Takata, M. Sakata and H. Shinohara: Nature408, 426 (2000).7)R. Kitaura, S. Kitagawa, Y. Kubota, T. C. Kobayashi, K. Kindo,Y. Mita, A. Matsuo, M. Kobayashi, H. Chang, T. C. Ozawa, M.Suzuki, M. Sakata and M. Takata: Science 298, 2358 (2002).8)R. Matsuda, R. Kitaura, S. Kitagawa, Y. Kubota, R. V. Belosludov,T. C. Kobayashi, H. Sakamoto, T. Chiba, M. Takata, Y. Kawazoeand Y. Mita: Nature 436, 238 (2005).9)M. Takata: Acta Cryst. A64, 232 (2008).216日本結晶学会誌第55巻第3号(2013)