日本結晶学会誌Vol55No3

日本結晶学会誌Vol55No3 page 46/82

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概要:
日本結晶学会誌Vol55No3

水野伸宏,藤田大士,佐藤宗太,熊坂崇,藤田誠,高田昌樹上がる自己集合の特長をうまく活用することができれば,少ない労力で巨大な構造体を構築することが可能となる.12個のパラジウムイオン, 24個の有機二座配位子から構成されるこの球状中空錯体は,均一の分子量をもつ合成分子としては,最も直径の大きな部類に属する.われわれはこの巨大な球状錯体を用い,タンパク質分子まわりに人工構造を構築するという,前人未踏の試みにチャレンジすることにした.実は,単純にタンパク質を内部に閉じ込めた「カプセル」を作ろうとするという試みは,これまでにいくつか報告されている.しかしその一般的なアプローチは,ミセル,ベシクルに目的のタンパク質を内包する,あるいはシリカゲルや有機ポリマー材料を用いて固めてしまうなど,「構造の不均一性」が避けられない手法に限定されていた.「構造の不均一性」は「機能の精密制御」という目標に対し本質的な障害となりうる.またその不均一な構造のため,信頼度の高いNMRや質量分析, X線回折により構造決定を行った例は皆無であった.これに対し,今回われわれが新しく設計した系は,これまでにないきわめて高い均一性をもっているのが特徴である.このようなフレームワークを手にして初めて,われわれは先に夢に描いたような,タンパク質の化学的機能修飾などの実現へ向けた一歩を踏み出すことが可能となる.そこで本研究では,過去の研究例との違いを明確に打ち出すべく,これまでの研究では原理上適用できなかった信頼性の高い分析手法を用い,タンパク質包接構造体の構造決定を行うことに重点を置き研究を行うこととした.2.タンパク質包接錯体の合成と評価ターゲットのタンパク質としては,ユビキチンを選択した.ユビキチンは76残基からなる球状タンパク質で,その直径は4 nm程度とタンパク質としては小さい.しかしこのユビキチンですら,有機化学者にとっては手に余る大きさを有している. 2004年にわれわれが最初に報告したM 12L 24型球状錯体の外径は,およそ4.5 nmであった. 2)当然ながら,その内部空間は,ユビキチンを包み込むには小さい.そこでわれわれはまず,ユビキチンを十分に内包できるサイズのM 12L 24型錯体を合成することにした.有機二座配位子の骨格を伸長し錯形成反応を行ったところ,球状錯体の直径は狙いどおりに拡張された.最終的には,アセチレンとフェニレンをスペーサーとして導入することで,最大7.3 nmの直径をもつ球状錯体を合成することに成功した. 3)この拡張された球状錯体は,ユビキチンをその内部空間に十分に収めることができるサイズである.ユビキチンを包接した錯体の合成は次のように行った.まずユビキチンを,共有結合を介して有機配位子と連結した.この合成したユビキチン連結配位子は,未修飾の配位子と1:23の比率で混合し,続く錯形成反応に用いた.ここでは図1に示すように,ユビキチン分子の周りをほかの配位子が取り囲むように錯形成が進行し,ユビキチンを内部に包接する球状錯体が生成することを期待している.実際,水-アセトニトリルの混合溶媒中,パラジウムイオンと加熱混合することにより,球状錯体の生成を示す1 HNMRの変化が観測された.なお,錯体の内部体積はユビキチンが複数個入る余裕がないため,この手法により,タンパク質の「単分子包接」が容易に実現可能である.ユビキチン包接錯体の生成を証明するため,まず始めにNMRによる拡散係数の評価を試みた.図2に示す1 HDOSY NMRは,横軸が1 H NMR,縦軸が拡散係数を示している.横一線に揃ったシグナルは,化合物が同一の拡散係数をもっていることを意味し,シグナルの上方向へのシフトは,拡散係数の減少,すなわち,より大きな構造体の生成を意味する.今回,直径の異なる二種類の錯体を調製し,その拡散係数の変化を観測した.その結果, 1)ユビキチン由来のシグナル(点線で囲まれた部分)が,錯体骨格由来のシグナルと同一の拡散係数をもつこと,2)ユビキチン由来のシグナルが,錯体骨格の直径に応じて変化していることから,ユビキチンが内部に包接された錯体の生成を示す強い手がかりが得られた.続いて超遠心分析により,ユビキチン包接錯体の純度および質量情報を得ることを試みた.空の錯体,ユビキチン包接錯体それぞれを溶液として調製し,沈降速度法,沈降図1 M 12L 24ユビキチン包接錯体の合成スキーム.(Synthetic scheme of ubiquitin encapsulated with M 12L 24 artificialcapsule.)ユビキチンの周辺を取り囲むようにほかの配位子が自己集合することによって,ユビキチンが包接された錯体が生成する.212日本結晶学会誌第55巻第3号(2013)