日本結晶学会誌Vol55No3

日本結晶学会誌Vol55No3 page 35/82

電子ブックを開く

このページは 日本結晶学会誌Vol55No3 の電子ブックに掲載されている35ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「電子ブックを開く」をクリックすると今すぐ対象ページへ移動します。

概要:
日本結晶学会誌Vol55No3

ヒトMAPキナーゼJNK1の立体構造・機能・安定性に対する遊離システイン残基の置換効果綻させた(図6b). M6では,導入されたVal213によって,Arg189およびTyr190がフリップし,活性化ループとαGヘリックスを固定する水素結合ネットワークを消滅させた.その結果,αF-αGヘリックスループは1.0 A溶媒側に押し出された(図6c).このように, M5およびM6における変異は大きな構造変をもたらした. M7は変異による立体構造上の変化は見られなかった.4.熱安定性と酵素活性の相関JNK1の酵素活性は,低温側転移T m1と高い相関がみられた(表2).野生型と比べてT m1が高ければ活性を保持し,低くなるにつれて活性が減弱する.一方,高温側転移T m2はC79Vの変異においてのみ変化したが,酵素活性との相関はない(表2).分子表面の変異C245S(M1)およびC116S(M2)は,酵素活性を保持し,著しくT m1を上昇させた(表2).一方, C163A変異(M3)ではM2から若干の熱安定性の低下を招いたが, M3はT m1値が野生型よりも相対的に高くなり,このことで結果的に酵素活性が保持されたと考えている(表2).分子内部の変異C79V(M4)は,T m2を大きく低下させたが, M4は酵素活性に影響を及ぼさなかった. C137VおよびC213Vの変異は,劇的にT m1の低下を招くとともに, ,酵素活性を低下させた(表2).C41V変異はT m1を低下させたが,酵素活性に影響を与えなかった(表2).このようにM7を除くM1~M6変異体においてT m1と酵素活性には高い相関がみられ, JNK1への変異導入においてはT m1を保持することが重要であることがわかった.5.X線結晶構造から考察される熱安定性の変化JNK1のシステイン置換による熱安定性の違いをX線結晶構造の変化から考察した.分子表面のシステイン残基のセリンへの置換(C245SやC116S)はT m1を上昇させた(表2).この熱安定性は,新たな水素結合の形成あるいはシステインとセリンの水和効果の差によって獲得されたためだと考えられる(図5a, 5b).表面変異C163AによるT m1の低下は,明確な構造変化をもたらさなかったが,置換による側鎖の疎水性の低下により,基質認識ポケットの外側に連なる疎水性クラスターの形成が不十分になったためだと推察される.分子内部変異C79VはLys336との立体障害を招いて, C-末ストランドとαCヘリックスとの位置関係を変化させた(図6a).この置換部位は活性部位の裏側に位置しているために,酵素活性に影響を及ぼさなかったのかもしれない. T m2の低下が酵素活性に相関しないこととも一致する. C137V変異は,基質結合の足場になるC-lobeの水素結合ネットワークを構成する塩橋や疎水的クラスターを不安定化した(図6b).その結果,劇的な構造不安定化を招き,酵素活性の低下に繋がったと考えられる.同様に, C213V変異は,基質結合部位を形成するαFおよびαGヘリックスを溶媒側に押し出して,水素結合ネットワークの崩壊を招き(図6c),劇的な構造不安定化および酵素活性の低下を招いたのだと考えられる.最後に,C41Vは高い柔軟性をもつグリシンリッチループへの変異であり,酵素活性への影響なしに熱安定性のみに影響を与えるものであると考えられる.6.システイン置換変異体の安定性と結晶成長システイン置換変異は,化学的安定性だけでなく熱安定性にも大きな影響を与えた.化学的安定性は置換したシステインの数が多くなれば単純に向上する(図3).一方,熱安定性はM1およびM2における変異で上昇するが, M3~M7の変異では不安定化する.著者らはM3が総合的に最安定であるとの結論を得たが,結晶成長においてもM3が最も沈殿が少なく,その分だけ結晶が大きくなったと考えられる(図7). M3結晶と比較して, M1, M2またM6,M7では,多量の沈殿を伴いながら,小さい結晶が多量に生成した(図7). M1, M2変異体では,熱安定性が向上したにもかかわらず,化学的安定化が不十分であるため結晶成長過程において大部分が凝集沈殿を形成したと考えら図7結晶化におけるシステイン置換変異体の化学的安定性と熱安定性の影響.(Impact of the seven cysteine-deficientmutations on the chemical and thermal stabilities in the crystallization experiment.)日本結晶学会誌第55巻第3号(2013)201